「僕は、彼女のことを何も知らなかった…」
プロポーズした直後、忽然と姿を消した彼女。捜索の手掛かりは、本人のものだと思われるインスタグラムのアカウントだけ。
ー彼女が見せていたのは、偽りの姿だった?
インスタグラムに残されていた、慎ましやかな彼女の姿からは想像もできない世界とは…。
2019年 4月
『今までありがとう。さよなら、敏郎さん』
自宅のダイニングテーブルに置いてあったのは、丁寧な字で書かれたメモと渡したばかりのハリー・ウィンストンのエンゲージリングだった。
「…何の冗談だよ」
村西敏郎は鼻で笑いながら、それが彼女の単なるジョークだと言い聞かせるように、いつも通り洗面台へ向かう。すると、鏡の前がやたらとすっきりしていることに気づいた。
にわかに沸いたイヤな予感を払拭するために、クローゼットを開けてみる。
…彼女の服が、ひとつもない。
2人で暮らしていた2LDKの部屋からは、彼女の服から化粧品まで、なにもかもが消えていた。
事の重大さを察した敏郎は、彼女が書いたであろう文字を改めてなぞるように見つめる。
―なんだよ、これ。
たった3日前、敏郎は彼女と結婚の約束をしたばかりだった。思い当たるフシなんて何もない。
彼女との間に軋轢など一切なかった、と思う。
確かに自分は激務と言われるテレビ局勤務の、ドラマ制作に携わるディレクターだ。港区の仕事場から自宅へ、寝るためだけに帰るということは頻繁にある。
だけど彼女はいつも「それで大丈夫」と言ってくれていたし、時にはバッグをプレゼントしたりしてご機嫌をとってきた。…不満なんてあるわけない。
それに3日前の夜、指輪を受け取った彼女の顔は、今まで待ち望んでいたものをついに手に入れたという満足感にひたっているように見えた。
それは、ただの思い込みだったのだろうか。
この記事へのコメント
こんな情緒も謙虚さもない男性が、今後いったい彼女の何を知るのか興味はあるけど、とりあえず私はこういう人イヤだな!