疾さが命取り
「“巧遅は拙速に如かず”って言葉があるじゃん?ソイツは、その言葉が好きで座右の銘にしてたらしいんだ」
この言葉は“出来がよくて遅いよりも、出来は悪くとも速いほうがよい”という意味だ。
「彼は、恋愛でもこの考え方を崩さなかったんだって」
隼人によれば、その彼は大学の授業で出会った女性に一目惚れした。
他の人に取られる前に、自分の存在をアピールしておきたいと考えた彼は、すぐに自分の思いを伝えたという。
が、告白は失敗に終わった。失恋したことはショックだったが、さらにショックだったのは、その後の彼女の態度だった。
「おはよう」
「……」
挨拶すらも無視され、目も合わせてくれない。
彼女の友達にそれとなく相談してみると、衝撃の事実が発覚した。彼自身は、恋愛関連でトラブルがあった後も「友達として付き合える」タイプだったが、彼女は「気まずいから付き合えない」タイプだったのである。
彼はそんなことを考えもしたことがなかったので、大いにショックを受けた。
毎日のように親しく話しかけていた彼女との縁はぷっつりと切れ、友人としても疎遠になってしまったのだ。
そんな失恋から数年。自分の会社を立ち上げた彼は、部下の尻を叩くときにもこの言葉を使った。
「巧遅は拙速に如かず」という格言が、中国の兵法書「孫子」にあるというのは、いろんなビジネス講師が教えていることだったし、彼もそう信じて疑わなかった。
しかし、あるとき部下にこう指摘されたのである。
「孫子にはそんなこと書いてないですよ」
「え?」
部下が言うには、この言葉自体は別の書物に書いてあるのだという。しかもその書物は、今で言う受験テクニック集であって、兵法書ですらないのだとか。
彼は愕然とした。自分の信じていた言葉が、ただの試験攻略法だったとは。
言うなれば、この言葉は受験テクニック。それを座右の銘にして、恋愛に応用したところで、だ。
「今は笑える話だけど、その子を確実に落とすにはどうすりゃよかったのかなーって、“彼”は今でも考えてるらしいんだ」
「わかるなー。焦っちゃう気持ち。オレもあんまり待てない性質だからさ、むしろもっと早く言ってたかも」
「相手が悪かったんじゃない? 僕はあんまり早く早くってできないからその行動力は羨ましいけどな」
隼人の “友達”の失恋話を受けて、最初は戸惑っていた残りの面々も、反省会に興じ始めている。
ただ一人を除いて。
この記事へのコメント
というか、オンライン飲み会って楽しいのかな。。古い考えの人間だからか、やっぱり会って話してナンボでしょ、って思っちゃって。。
いや、大半はそんなこと重々承知してて、今はまだそれをしにくいからオンライン飲み会をしてるだけ、ってことなのかも知れないけど。。