男が、気になる女性から「いつもと違うね…」と思わせぶりなことを言われた理由
言えばなんでも望みを叶えてくれる、夢のようなスタイリスト現る!?
「こんばんは、今日は何をお探しですか?」
慶介が振り返ると、声の主は、親しみやすい笑みを浮かべている女性。そう、美優紀から聞いていた「スタイリスト」だ。
男性服だからスタイリストも男性と思い込んでいたが、女性から教えてもらえるのであれば話は早い。思い切ってイメージを伝えてみる。
「あの、今風なデート服を探してるんです。仕事は普段こういう格好で、相手とスーツでしか会ったことがないから、きっと堅いって印象だと思うんで少し崩したくって。でも、大人には見られたいから、奇抜なのよりスタンダードな感じの方が。あ、あとは清潔感も重視してて…」
言い過ぎたかな?と慶介が言葉を止める。
「なるほど。お任せください!」
スタイリストが真剣な眼差しで頷く。
「…あと職場の服装が自由になったんで、それも欲しくって。柔らかい感じのジャケットで何かいいのがあれば…」
「それでしたら、両方の望みが叶えられる、機能性素材のセットアップがおすすめですね」
「機能性…お洒落ですか?」
「もちろんです!少々お待ちください」
スタイリストは再び力強くうなずくと、慶介のもとを離れ、いくつかの洋服を手にして戻ってきた。
「人気のブランドの中から、いくつかお客様にお似合いになりそうなものをお持ちしました」
そうか、知識もサービスなんだ。自分だったら軽く1時間はかかったかもしれない。
並んだ3つのアイテムは、これまで購入した経験のないブランドだったが、どれもデザイン、質ともに素晴らしい。
つい「いつもの」になりがちな買い物で、知らないブランドを手にするには、導きが必要だ。
慶介はさっそく試着してみることにした。
鏡に映る自分の新鮮さに驚く。正直、自分でもイケてる気がする。
どの服も、着てみるとぴったりだ。
―何が似合うか、自分じゃわからないものだな。
久々に味わう高揚感。知らない自分との出会いこそ、洋服の醍醐味だ。
さらに、印象だけではない。さすがスタイリスト、その服の特徴や流行の中でのポジションなどを教えてくれるので、「選んだ理由」に納得感がある。
慶介はすっかり楽しくなり、さらに細かい要望を伝えて、追加で新たな3ブランドのスーツを持ってきてもらう。
―半径30mで色んなブランドが網羅できるって、超便利だな。
個別の路面店巡りで、「やっぱりあれが良かったな」と思うと、また戻らなくてはならない。それに対してこの百貨店の効率の良さはどうだろう。
しかも、スタリングしてくれる店員さんが、ブランドを横断して、離れた棚からたくさんの洋服をもってきてくれるのだ。
あれこれと楽しく迷った挙句、慶介はデート服1着、オフィス服2着を購入した。
ーデートは、次の展開に合わせてまた来よう。
スタイリストの名刺をもらい、名前を見る。
「吉本 京子」
これから長く付き合うであろう自分のスタイリストにまで出会えた慶介は、意気揚々と伊勢丹新宿店メンズ館を出る。
外に出ると、まだ19時半。昼間の様子とうって変わって「大人の飲食街」となった新宿3丁目を、ショッパーを片手に上機嫌で歩く。
もし付き合ったら、一緒に伊勢丹に買い物に来て、帰りにこの辺で食事して…
ーおっと、浮かれてる場合じゃない。ここからが勝負だ。
買った洋服を着る日を想像しながら、慶介は駅に向かった。
◆
そしてやってきたデート当日。
古民家を改修して建てられた人気のビストロでのディナーは大成功。
”今日の自分はお洒落だ”という自信からだろうか。二軒目は、まさかの彼女のほうから提案してくれた。
カウンターで並んで座る彼女の横顔を見つめながら、思わぬセリフが自分の口から飛び出す。
「今日のワンピース、すごい似合うね」
普段は決してお洒落を話題にしない自分から出た言葉に驚く。装いに自信があれば、話題も広がるのだ。
ところが、少し酔った雰囲気の彼女の顔がこわばる。
「慶介さん、実はね…」