【大ヒット御礼】煮沸 第二章 Vol.1

無罪を狙う多重人格の凶悪犯と、彼を追う狂気の刑事。この中で一番狂っているのは、誰だ?

◆病室










刑務官の声が部屋に響く。

「橋上。面会だ」



五点拘束をされた橋上の目が、まっすぐに天井を見上げている。

「おい、橋上。聞いてるか?面会だ」

目は、動かない。


「申し訳ございません。ずっとこのような状態が続いておりまして」

痩身で子供のような瞳をした男が、刑務官の肩を「いいよ」と言わんばかりに、ポンッと叩く。


…コツ、コツ


男が、ゆっくりと、しかし真っすぐに橋上に近づく。

直線に、心は宿らない。


足音が、医療機器で彩られた無機質な白い部屋に響き渡る。


…コツ、コツ、コツ、コツ


ー顔を見る前から、人は人を判断できる。









これまで動かなかった橋上の目が、ゆっくりと…限りなくゆっくりと、地平へと向けられていく。



歩く速さを変えずに、工藤が近づく。



橋上の目が工藤を捕らえ、やがて、口元が笑う。


工藤が止まる。


「橋上……歓迎してくれるのか?」


一瞬。工藤の瞳から輝きが消える。



「わかってる。聞くだけでいい。ただし、俺を見続けろ」


橋上の目の奥に、黒い色が拡がる。







「・・・お前、根本和明をどうした」


…ジジッ ジジジジジジッ ジジジッ

頭の中で、音が鳴り響く。



「お前が最近殺した連中。精神疾患だと減刑されるんだそうだがな」

橋上が工藤の目を見据える。



「…知ってるか?」






「最高刑が死刑となる罪の時効制度ってのは、もう撤廃されてるんだ。分かりづらかったなら言い直してやる。
…殺人犯ってのは、生きてる限り死刑にできるんだ」

橋上の口元の笑いが、かすかに消える。



「偉い先生が言ってたぞ。恵一君は、12歳でお母さんを殺してから、しばらくは穏やかな日々を過ごしましたって」


橋上の目に、黒が満ちていく。


「その時は人格崩壊してないんだろ?恵一君そのものなんだろ?だったらなんで、その時お前を世話してた、父親の根本和夫の弟、根本和明ってのが…」


工藤の顔が、橋上に重なるように素早く近づき、耳元でささやく。



「消えていなくなっちゃってるんだよ」


橋上の真っ黒な目が工藤を見据える。

「・・・お前、やっただろ?お前が今、イカれてても関係ないぞ」



「まともだった頃のお前の罪で、必ず死刑にしてやる」


医療機器の電子音が鈍い音を立てる。


ージジ…ジジジジッ ジジジッ



その時、工藤に強烈な勘が走る。
いや、勘というものが”経験”からくるものなのであれば、この勘を持つ人間など、いるはずがない。




ー自分は、おそらくこの事件で死ぬ。

これは勘ではない。予知だ。


工藤が、自分の足元のボロボロの革靴に目をやる。


ーこの山から、下山はできない。


工藤の口角がわずかに上がり、静かな医務室に不釣り合いな大声で言う。

「橋上、言い遅れた。警視庁の工藤だ」

この記事へのコメント

Pencilコメントする
No Name
ヤバい。。完璧に面白い。
工藤、かっこよすぎる!!!
2019/11/23 05:1599+返信5件
No Name
1話目のラスト、痺れた…
2019/11/23 05:3872返信2件
No Name
待ってました!
最近東カレご無沙汰しておりましたが、これを読むために戻って参りました。
続きありがとうございます!!!
2019/11/23 05:1364返信1件
もっと見る ( 184 件 )

【【大ヒット御礼】煮沸 第二章】の記事一覧

もどる
すすむ

おすすめ記事

もどる
すすむ

東京カレンダーショッピング

もどる
すすむ

ロングヒット記事

もどる
すすむ
Appstore logo Googleplay logo