2019.11.23
【大ヒット御礼】煮沸 第二章 Vol.1◆病室
刑務官の声が部屋に響く。
「橋上。面会だ」
五点拘束をされた橋上の目が、まっすぐに天井を見上げている。
「おい、橋上。聞いてるか?面会だ」
目は、動かない。
「申し訳ございません。ずっとこのような状態が続いておりまして」
痩身で子供のような瞳をした男が、刑務官の肩を「いいよ」と言わんばかりに、ポンッと叩く。
…コツ、コツ
男が、ゆっくりと、しかし真っすぐに橋上に近づく。
直線に、心は宿らない。
足音が、医療機器で彩られた無機質な白い部屋に響き渡る。
…コツ、コツ、コツ、コツ
ー顔を見る前から、人は人を判断できる。
これまで動かなかった橋上の目が、ゆっくりと…限りなくゆっくりと、地平へと向けられていく。
歩く速さを変えずに、工藤が近づく。
橋上の目が工藤を捕らえ、やがて、口元が笑う。
工藤が止まる。
「橋上……歓迎してくれるのか?」
一瞬。工藤の瞳から輝きが消える。
「わかってる。聞くだけでいい。ただし、俺を見続けろ」
橋上の目の奥に、黒い色が拡がる。
「・・・お前、根本和明をどうした」
…ジジッ ジジジジジジッ ジジジッ
頭の中で、音が鳴り響く。
「お前が最近殺した連中。精神疾患だと減刑されるんだそうだがな」
橋上が工藤の目を見据える。
「…知ってるか?」
「最高刑が死刑となる罪の時効制度ってのは、もう撤廃されてるんだ。分かりづらかったなら言い直してやる。
…殺人犯ってのは、生きてる限り死刑にできるんだ」
橋上の口元の笑いが、かすかに消える。
「偉い先生が言ってたぞ。恵一君は、12歳でお母さんを殺してから、しばらくは穏やかな日々を過ごしましたって」
橋上の目に、黒が満ちていく。
「その時は人格崩壊してないんだろ?恵一君そのものなんだろ?だったらなんで、その時お前を世話してた、父親の根本和夫の弟、根本和明ってのが…」
工藤の顔が、橋上に重なるように素早く近づき、耳元でささやく。
「消えていなくなっちゃってるんだよ」
橋上の真っ黒な目が工藤を見据える。
「・・・お前、やっただろ?お前が今、イカれてても関係ないぞ」
「まともだった頃のお前の罪で、必ず死刑にしてやる」
医療機器の電子音が鈍い音を立てる。
ージジ…ジジジジッ ジジジッ
その時、工藤に強烈な勘が走る。
いや、勘というものが”経験”からくるものなのであれば、この勘を持つ人間など、いるはずがない。
ー自分は、おそらくこの事件で死ぬ。
これは勘ではない。予知だ。
工藤が、自分の足元のボロボロの革靴に目をやる。
ーこの山から、下山はできない。
工藤の口角がわずかに上がり、静かな医務室に不釣り合いな大声で言う。
「橋上、言い遅れた。警視庁の工藤だ」
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