「おー!セリナじゃん!」
浩輝が振り返るや否や、笑顔で声をかけてきたのは、どこかで見覚えのある華やかな女性だった。浩輝とはよく知った仲のようで、お互いに下の名前で呼び合い、会話を交わしている。
「ていうかごめん、オジャマだったよね。…失礼しました。」
セリナと呼ばれていた女性は、ひとしきり話し終わると、美優の方に頭を下げて浩輝にまたねと告げ、去っていった。
二人が話していた時間なんて、ほんの1分程度だろう。だけど、美優にとってはとてつもなく長く、そして辛い時間のように思えた。
「あーびっくりした!彼女、スポーツジム友達なんだ。ごめんね、じゃあ行こうか。」
屈託のない笑顔を向けられ、美優の中にドロリとした気持ちがこみ上げる。それとほぼ同時に、思ってもいなかった言葉が口をついた。
「…私、やっぱ、やめとく。」
「え?」
聞き返す浩輝に、急用ができたからと明らかな嘘をつき、美優は逃げるようにその場を走り去ってしまった。
◆
「やっぱり、インスタグラマーのセリナだ…。」
どんよりとした後悔と共に家に帰った美優は、記憶を頼りにインスタグラムを検索した。すると、先ほどの美女は、記憶通りインフルエンサーとして有名なモデルだったことが判明した。
彼女の過去の投稿を見ていくと、ところどころに浩輝の姿があることに気付く。大人数で映っているものが殆どだったが、登場回数は他の男性よりも多い気がする。
何度も画面を上下にスクロールさせた後、美優はクッションに顔をうずめる。
ーさっき二人が話してたとき、浩輝くんすごく楽しそうだった。こういう人がタイプなのかな。…ていうか、もしかしてこの二人付き合ってるとか?それなら私、またセカンド要員ってこと!?
『浩輝くんってさ、ああ見えて営業部のエースなんだって。来期から役職にも付くらしいし、将来有望じゃない?』
以前千尋が言っていたことを思いだして、美優は更に深いループにはまり込んでいく。そんなすごい人が私の事なんて本命にするわけないと、ますます自信を失ってしまう。
その日の夜、浩輝から用事に間に合ったかと心配するメッセージが届いた。返信するとすぐに、電話がかかってきた。
突然帰ってしまったことを謝罪すると、こちらこそ忙しいのにありがとう、と逆にお礼を言われてしまった。浩輝のその優しさにまた魅かれてしまいそうで、美優の心はさらに苦しさを増した。
「美優ちゃんが帰っちゃったあと、すごく残念だったんだけど、でもやっぱりツイてるなーっていうことがあったんだ。横の列に、なんと商談先の部長が並んでたんだよ!なかなかアポが取れない方なのに話が盛り上がって、距離が縮まってさー!
…それからさ、今度の週末なんだけど、美味しいイタリアンの予約が取れたんだ!さっき僕が電話する直前にキャンセルがちょうどあったんだって。美優ちゃん一緒に行こうよ!」
浩輝の口調が、明るいトーンから、少し緊張したように変わった。
負のループに陥ってさえいなければ、飛び上がるほど嬉しいお誘いだというのに。
―もしかして、あのモデルに断られたから私の事誘ってるんじゃ?二度あることは三度あるっていうし。…もうセカンド女には、絶対になりたくない!
「ごめん、その日、予定入ってる。」
わざとぶっきらぼうに言うと、電話の向こうで「美優ちゃん?」と言った浩輝の声も聞こえないふりをして、そのまま通話を終えた。
だがすぐに後悔の念にかられ、急いでLINEを開いて「ごめんね」という簡単な謝罪の文章を考えた。けれどすぐに送信することはできず、美優はスマホの画面を見つめ続けることしかできなかった。
▶NEXT:12月9日 月曜更新予定
自分に自信が持てない美優が取った、ある意外な行動とは?
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衣装協力:P1.男性 ジャケット、シャツ(スタイリスト私物)、チェックパンツ¥46,000(ベルナール・ザンス / ビームス ハウス 丸の内 03-5220-8686)女性 Marie chic dress ¥ 12,000(ACYM 03-6450-6547)P2.ブルージャケット¥54,000(T ジャケット 03-3470-8232)ボーダートップス ¥16,000(オールド イングランド03-6450-4647)P3.2wayパワショルカーディガン ¥7,500、ワイドリブニットスカート ¥10,000(ともにLADYMADE 03-6433-5785)
撮影協力:株式会社コスモスイニシア