優香とランチを終えて別れたあと、次の予定であるネイルサロンへと急ぎながら、愛理はずっと湊のことを考えていた。
まるで手応えのない恋。こんなことは初めてで、正直、プライドはズタズタだ。
別に湊に執着する必要なんかない。デートに誘ってくれる相手も、欲しい言葉を言ってくれる男性も他にいるのだし…。
しかしやはり、どうしても諦めきれないのは、きっと出会いが運命的だったから。
「愛!大丈夫か」と叫んで、まっすぐ助けに来てくれた。あの瞬間のことを思い出すと、時間が経った今でもドキドキ胸が高鳴る。
−やっぱり、もう少しだけ。後もう少し、頑張ってみよう。
信号待ちで立ち止まり、愛理はおもむろにスマホを手に取る。そして勢いのまま、メッセージを打ち込んだ。
“今度の土曜、よかったらまたお食事いかがですか”
今度はもう、何の建前もない。直球のデートの誘いだ。息を止めたまま、愛理はしばし画面を見つめた。
すると、メッセージはまたしてもすぐに既読となり、数秒ののち、湊から前回と同じ、短い返信が届いたのだった。
“OK!遅めの時間でも大丈夫?”
◆
そして迎えた二度目のデート当日。
前回は平日だったが、今度は自ら休みの日を指定した。初デートの時よりさらに念入りに、ゆっくりと身支度に時間を費やすためだ。
朝からジムで汗を流し、午後からはゆっくり半身浴もした。鏡の前に座り、まずは入念に肌作りから。
しみじみと自分の顔を見つめていると、優香に教えてもらった『DHCオリーブバージンオイル』を使い始めたおかげか、いつもより肌の調子が良い気がした。
しかし湊の前で、もう絶対に失態は許されない。今度こそ、湊の心を掴まなくては、と意気込む。
気合十分の愛理は、前回よりもさらに丁寧にファンデーションを塗り、髪を巻き、服装もちょっとばかりセクシーな、体のラインを強調するニットワンピースを選んだ。
それなのに…。
二度目のデートでも、愛理は再び苦汁を飲む羽目になるのだった。
「すごい。会員制のレストランなんて私、初めて来ました♡」
湊が二度目のデートに選んでくれたのは、赤坂にある会員制のレストランだった。
エクスクルーシブな空間と雰囲気に浮かれる愛理だったが、一方で湊は特別に高揚したそぶりもない。
愛理がどんなに熱い視線を送っても、彼はいつも通りのポーカーフェイス。
愛理が質問をすれば丁寧に答えてはくれるが、ただそれだけ。愛理を口説くどころか、楽しませようという熱意もまるで感じられない。
−別に私のためじゃないんだ、きっと。前回と同じ、ただ自分が行きたいレストランを予約しただけなのよ…。
どんな手を使っても思い通りにならない湊に、愛理は半ばヤケになり、もうお手上げとばかりに単刀直入に尋ねてみることにした。
「湊さんの好みって、どんな女性なんですか?」
「えっ?好みかぁ…」
すると湊は、何かを、誰かを思い出すようなそぶりで明後日の方向を見つめた後、意外にも具体的に女性像を語り出した。
「そうだなぁ…僕はどちらかというと、ナチュラルな感じの女性が好みかな。見た目も中身も飾り気がなくて、さっぱりとして気取ってないっていうか…。そういう女性の方が、心から信頼できるんだよね」
「ナチュラルで、飾り気がなくて、気取らない女性…。なんか、私と真逆、ですね。はは…」
自虐的なことを言ってしまった、と瞬時に後悔を募らせる愛理に向かって、湊はこんなことを言った。
「愛理ちゃんは、まだ自分の良さに気が付いていない気がするな」
褒められているのか、それとも遠回しに否定されているのか…。どちらにもとれるようなことを言われて、愛理はさらに困惑した。そして、なんとか冷静になろうと、湊の好きな女性像を頭の中で膨らませた。
すると、パッと閃くように、ある女性の姿形が浮かび上がったのだ。
−もしかして…湊さんの好みのタイプって、優香なんじゃないの…?