実家暮らしの恋 Vol.9

「今夜だけは、彼のことを忘れたい…」険悪な同棲カップルが、それぞれに楽しむ禁断の夜

そして遥も…


「そうなんです。仕事と家事の両立に慣れなくて…」

「遥ちゃんは頑張り屋さんなんだろうなあ。今日だってたくさん気働きしてくれて、みんな大助かりだよ」

遥はホームパーティーのメンバーと、そして何より一緒に料理をした遠藤と、徐々に打ち解けていた。彼氏と同棲していることを告げると、遠藤が親身に相談に乗ってくれたのだ。いつの間にか呼び方も「遥ちゃん」に変っていたが、悪い気はしなかった。

日もとっぷりと暮れ、窓から見える東京タワーが赤く煌めき始めている。

みなみは本当か嘘か「今夜食事会なの」と遥にこっそりと告げ、お開きのタイミングで遥の元を去る。

―何も連絡来てないや…。

遥はほろ酔いの体で駅まで歩きながら、スマホをちらりと見る。しかし、圭介からのメッセージは1件もなかった。忘れて楽しむつもりだったのに、どうしたってひとりになれば思い出してしまう。

―もう今夜は夕飯も作らない。圭介が何時に帰って来ても知らない。溜めてる家事も、明日やろう…今夜はこのままいい気分で眠ろう…

遥がそう思った時、遥の背中をトン、と叩く者がいた。

「遥ちゃん」

振り返ると、遠藤だった。

「…遠藤さん!今日はありがとうございました。あれ、まだ残るんじゃなかったんですか?」

遠藤は遥の目を見て言う。

「…この後時間ある?無理にとは言わないけれど、僕のやってるレストラン、紹介できないかなと思って…。僕の料理も喜んでくれたし、遥ちゃんのヒントになるかなと思って」

夕闇の中の閑静な住宅街は、人もまばらだ。

遠藤の誘いに遥が返事をする前に、秋の深まり始めた東京に突然冷たい風が吹き込み、遥の長い髪を乱す。

「きゃっ」

遥が思わず片手で顔を覆うようにし、その手をどけると、案外近くに遠藤の心配そうに覗き込む顔があった。

―この空気は、まずい…。

2人の間に、互いを意識した気まずい空気が流れる。そして瞳が3秒ほど合うと、畳みかけるように、遠藤は言った。

「予定あった?忙しいなら、無理にとは言わないけど」
「いえ、予定はないのですが…」

すると遠藤が心底嬉しそうに、「じゃあ行こうよ!個室をおさえるように言うね」と、さりげなく遥の肩に手を置いた。遠藤の無邪気な笑顔が、確かに遥の心をうっている。

―いいの。今日だけだから…。

その時だった。

ブーッ、ブーッ、ブーッ。

バッグの底で、スマホが震えているのを遥は感じた。

―電話だ。…圭介かもしれない。あとでLINE見ればいいや。

「どんなお店なんですか?」

遥は電話を無視し、遠藤と並んで歩き、会話を続ける。

「有機野菜を使ったイタリアンなんだけど、食材は直接見に行ったんだよ。最近は南イタリアの方に行ってね」

バイブレーションが止まる。

「南イタリア?すごい!買い付けですか?」

「うん、野菜の他に、チーズもこだわっていて。来年の春夏用にブラータチーズを卸してくれる水牛たちを見にね」

「すごい、産地に足を運ぶんですね!」

ブーッ、ブーッ、ブーッ。


―何度も何度も…。もしかして、圭介じゃない?

「ちょっとすみません」と、遥は足を止め携帯電話を取り出す。

着信は、弟からだった。早口の小声で、電話に出る。

「…もしもし。どうしたの?後でいい?」

「姉ちゃん…!母さんが倒れた」

―え?

遥の頭の中は......


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