「最初に異変を感じたのは、初めて彼の家にお邪魔した時でした」
その夜、ふたりは典明がお気に入りだという代官山『TACUBO』でディナーを楽しんだ。
彼は美希の華美過ぎない、しかしセンスの良いファッションやアクセサリーをしきりに褒めたという。
「彼自身もオシャレな人で。メンズブランドには詳しくなくて忘れてしまいましたが、好きなブランドが決まっていて、いつもそこでまとめ買いするんだと話していましたね」
スタイルのある人なんだな。美希は典明をそんな風に評していた。少なくとも、この時点では。
そして帰り道。彼の方から「付き合おう」と言ってくれ、良かったら家に来ないかと誘われた。
「いい大人ですし、勿体ぶる必要もないと思って行くことにしました。それに、どんな家に住んでいるのか見てみたかったんです。住む部屋って、その人のライフスタイルや価値観が透けて見えるじゃないですか」
典明が暮らすのは、青山一丁目にあるシンボリックなタワーマンション。
間取りこそ1LDKだが、広々としたその部屋に足を踏み入れようとした瞬間、美希は自分がある失敗を犯したことに気がついたという。
「まだ残暑が残る9月だったから、素足にサンダルだったんです、私。家に上がる予定もなかったから、靴下を持っていなくて」
美希は仕方なく、そのままスリッパを履こうとした。すると典明が「待って」と声をあげたというのだ。
「彼、急いでリビングから何をとってきたと思います?…除菌ウェットティッシュ。これで足の裏を拭いてって言われて」
潔癖だったのか…!
しかし、少し度が過ぎている気はするものの、どこまでを許容できるかは人それぞれだ。別に彼が悪いわけではない。
美希は自分にそう言い聞かせ、素直に従ったという。
「ただ…そのとき彼が私を見て、幻滅したと言わんばかりに小さくため息をついたんです。それに気づいたのが、最初に感じた嫌な予感でした」
そしてその予感は家に上がったあと、確信へと変わった。
結婚に向かない男の、並々ならぬ拘り
典明の部屋は、まるでモデルルームだった。
家具も家電もすべてモノトーンで統一されている。オシャレだとは思う。センスも良い。しかしまるで生活感がなく、本当にここで暮らしているのかと疑いたくなるほどだ。
「座ってね」と言われてもどこに腰を下ろすのが正解かわからず、美希は部屋の隅で遠慮がちに佇む。
所在なげにしばらく部屋を見渡したあと「そうだ」と思い出し彼に声をかけた。
「手を洗いたいから、洗面所借りてもいいかな?」
そうして典明に案内されてたどり着いたバスルームで、美希は驚きの光景を目にするのだった。
「タオルはここにあるから、新しいものを使って」
説明しながら収納棚を開ける典明。どうやら彼は、一度使うたびにタオルを洗うらしい。
そして開かれた棚の中を一目見て、美希は思わず「わっ」と声を上げてしまった。
そこには、すべて同じブランド(コンランショップのものだった)で統一された真っ白のタオルだけが、整然と並べられていたのだ。
「俺、ここのタオルしか使いたくないんだよね」
美希が若干引いていることに気づいていないのだろう。誇らしげな表情で、典明はそう言った。
この記事へのコメント
見た目は良いのに、汚部屋住みで幻滅した、とか。
やたらこだわりが強い男って面倒臭いよ。
変な話、潔癖の人にとって、裸足でスリッパはかれるより、肌合わせる方がハードル高くないのかしら??潔癖とは無縁な私の素朴な疑問w