ふと思い出す、元カノ・真希の存在
真希というのは、代理店時代の後輩である。
2歳年下ながら長身の洗練されたルックスが目を惹く美女で、入社当初から数々の男が真希を狙っていた。もちろん、一馬もその一人。
半ば無理やりにあれこれと接点を作ってはアプローチを重ね、当時まだ開催されていた東京湾花火大会の帰り道、彼女に初めてキスした時には天にも昇るような気持ちになった。
青い時代の思い出というのは時が経てば経つほど美化されるものだが、真希と過ごした3年半の月日は、一馬の記憶の中で未だ色褪せず、輝きを保っているのだった。
真希は完璧な美貌の持ち主だが、決してその美しさを鼻にかけるようなことはない。
くだらない冗談で一緒にバカ笑いすることもできれば、仕事や政治経済の話題で議論することもできる。高級レストランでも完璧に立ち居振舞うが、当時一馬の家があった祐天寺の素朴な居酒屋でも十分に楽しめる。
賢く、バランスの良い女だった。
−あいつ、今どうしてるんだろう。
すでに別の同期と盛り上がっている健吾の背中に、真希の無邪気な笑顔が浮かんだ。
彼女は時に冷たい印象すら受ける端正な顔立ちだが、笑うとまるで子どものように愛らしい表情を見せる。
健吾に言われるまではすっかり忘れていたはずなのに、無性に真希に会いたくなった。
特段の報告は受けていないから、まだ結婚はしていないはず。しかし真希も33歳になる。そろそろ結婚を考えている男がいてもおかしくない。
そんなことを考えていたら、急に喉が渇いてワインを流し込む。
そして妙な焦燥感から、一馬はおもむろにスマホを取り出し、真希にLINEを送ったのだった。
“元気にしてる?”
“久々に食事でも、どう?”
真希と待ち合わせた『The Burn』へ、一馬はコンビニで買った『RAIZIN CLEAR』を飲みながら向かった。
ここぞという場面で気持ちを切り替えたいときや、頭をスッキリとさせたいとき、一馬は『RAIZIN CLEAR』を手に取る。華やかなカクテル感あるフレーバーが、無条件に気分を上げてくれるのだ。
−真希、真剣に付き合ってる奴とかいるのかな。
正式に“付き合っていた”と言える期間は3年半ほどだが、真希から愛想を尽かされる形で別れたあとも、ずるずると関係は続いていた。
しかしここ2〜3年は二人で会うことはなく、共通の仲間の結婚式で遭遇したり、風の噂で近況を知る程度。
そんなわけで、今回一馬の誘いに乗った真希のテンションは未知数である。
怖気付きそうになる心を鼓舞するべく『RAIZIN CLEAR』を注入すると、一馬は店へと足を早めた。