“社内最恐”と言われる冷酷な上司から、入社1年目の30歳女が、一夜にして認められた理由

全ての条件を満たす、奇跡のレストランは存在するのか?


この2週間、紗弓を苦しめている“一番大きな仕事”。それは、新年会幹事としてのレストラン選びだ。

たかが新年会の幹事とはいえ、決して妥協は許されない。

グルメ系の案件を多数抱え、クライアントとの会食も非常に多いこの会社では、レストラン選びの能力は仕事の評価にも無関係とは言えない。

普段の会食とは別で、忘年会や歓迎会といったイベント用のレストラン選びは、若手社員や新人の力試しの場であることは暗黙の了解なのだった。

ついに紗弓にその大役の、白羽の矢が立ったのは2日前。紗弓の脳裏には、転職してきたばかりの春に起きた恐ろしい事件がリフレインしていたー。

事件の発端は、幹事を務めた体育会系の若手男性社員のレストラン選びだった。よりによって、駅から離れた焼肉食べ放題のチェーン店を決起集会の会場としてチョイスしてしまったのだ。

日頃から名店に行き慣れている部のメンバーたちが、学生で賑わうような「質より量」の店で盛り上がれるわけもない。

さらに、当日はあいにくの豪雨。駅から店に着くまでに参加者のほとんどがずぶ濡れになってしまったこともあり、会の雰囲気は冷え切ってしまっていた。

特に、日頃最も会食に出かける機会が多く、“超”がつくほどのグルメな片岡には、取りつく島もなかった。

「食のセンスがないやつを、クライアントの前に出すわけにはいかない」

そう呟いた片岡のマネキンのように無表情な顔は、紗弓のトラウマになっている。

紗弓はこの2日間、必死にレストラン探しを続けているのだった。



ピンとくる店が見つからないまま週末を迎えた紗弓は、土曜の午後だというのに出かけることもなく自宅のパソコンをにらみつけてお店を探していた。

「お前さぁ、休日までそんなに根詰めるなよ。スペインだったら今頃はシエスタの時間だぞ。リラックスリラックス!」

同棲して1年になる彼氏の健斗が、漫画本を片手に水を差す。紗弓が思いつめた顔をしているとこうして茶化すのは、健斗の悪い癖だ。

「もう、本当に悩んでるんだから邪魔しないでよ。っていうか何なの?スペインがどうたらって…」

呆れながら健斗をいなす紗弓だったが、健斗はそんな態度に構うことなく雑談を始めた。

「いや、六本木ヒルズ5階のレストランフロアが秋にリニューアルしてさ、そこに新しくオープンしたスペイン料理の店に今ハマってるんだよね。ワインがうまそうなんだけど、まだランチしか行けてないんだよな〜」

健斗の軽口に適当に耳を傾けていた紗弓だったが、張り巡らせていたアンテナがピクリと反応する。

―そういえば健斗の職場の六本木ヒルズは、会社のある代々木からもアクセスいいかも…。

調べてみると、確かにウェストウォーク5階のレストランフロアがリニューアルして、話題の名店がひしめく「プレミアムダイニングフロア」となっている。

健斗が足繁く通っているというのは、スペイン料理『ビキニ シス』のことだろう。


スペイン・カタルニア伝統の味と、日本の四季の食材が巧みに融合したコース料理を中心に、料理に合わせたスペインワインをペアリングサービスで楽しめる店のようだ。

リニューアルしたてで話題性もバッチリ。「ビキニ」の6店舗目なら味と雰囲気も保証されている。カラフルな料理は写真映えもしそうだ。

それに、日比谷線直結のメトロハットを抜けて行けば、雨が降っていてもほとんど濡れることなくお店に辿りつける。

「これだー!」

興奮のあまり、紗弓は思わず健斗に飛びついた。

思えば、同棲してからはデートらしいデートに出かけることもなく、週末は家でゴロゴロ過ごすばかり。いつのまにか悩み相談をすることすら無くなっていた。

健斗がふざけてちょっかいばかり出して来るのも、紗弓に何も頼られない寂しさからなのかもしれない。

―もっと早く健斗に相談していたら、こんなに悩まずに済んだのかも。最近、健斗と真剣に向き合ってなかったな…。

紗弓は反省の念を込めて、健斗を強く抱きしめる。

「健斗〜、ありがとう!」

健斗は、何が何だか分からないといった表情で、ただひたすらされるがままになっていた。

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