デキる男とデキない男の微妙な差
食品部にいる道隆先輩はイタリア食品の輸入を担当しており、今は向こうで流行っている新しい油の輸入に奔走しているらしい。自分の力でどんどん事業を切り拓くタイプなのだ。
僕は道隆先輩と同じ会社で、同じような仕事をしてきているはず。でもどうして、一体どこで、こんな差が生まれるのだろうか。
目の前に座る道隆先輩には、圧倒的にデキる男のオーラが漂っている。ビシッと体型に合ったスーツを着ており、一切無駄がない。
先輩は、誰がどこから見ても勝ち組だ。そんな気持ちを見透かされたのか、道隆先輩がまじまじと僕を見つめてきた。
「涼介、元気か?お前、何歳になったんだっけ?」
「もうすぐ30歳です」
「そうか、30か・・・そろそろ“差”がついてくる頃だな。だからこそ、これからが勝負だな」
何の勝負か分からなかった僕に、道隆先輩はニヤリと笑いながら続けた。
「デキる男とデキない男の差って何か分かるか?こだわりを持っているか、持っていないか、だよ」
「こだわり、ですか・・・」
「一番分かりやすいところでいくと、見た目だな。例えば、涼介、靴にこだわりはあるか?スーツはちゃんと自分の体型に合ったものを誂えているか?」
僕は道隆先輩からの急な問いに、咄嗟に答えられなかった。
靴は自分のサイズを知っている。でもスーツはどうだろうか。大まかなサイズは知っているものの、自分の肩幅や腕周りのサイズなどは知らなかった。
「仕事がデキる人を、今一度観察してみたらどうだ?見える部分と、見えない部分。両方にかなりのこだわりを持っているはずだから 」
そう言うと、一枚のショップカードを置いて先輩は颯爽と立ち去ってしまった。
—見える部分と、見えない部分。両方へのこだわり、かぁ。
ちょうどそのとき、恋人の美咲から一通のLINEが来た。明日のデートプランの催促だった。
美咲とは交際2年目を迎える。そろそろ結婚も考えないといけないのに、どうしても踏み切れない。急かされている訳じゃないが、きっと彼女も真剣に考える時期だろう。何となく分かってはいるものの、その“見えない部分”から僕は目を背けているのだった。
仕事も恋愛も、何もかもが中途半端。そんな自分に嫌気がさす。
ふとテーブルの上を見ると、道隆先輩が置いていったショップカードが目に入る。そこには『ONLY』と書かれており、僕はそれが無性に気になった。
―何か見たことのあるような計画書だな。
先輩に言われた言葉を、ふと思い出す。一体今の僕には何があるのだろうか。そこそこに楽しく、それなりに良い社会人生活を送ってきている。でも僕だけにしかできない何かって、あるか?
そこまで考えて、僕は直感的に思った。今変わらないと、この先永遠に変われない。そんな風に思ったのだ。