健吾:「彼女、モテるのになんで独身なんだろ?」
佳恵とは、昔…まだお互い20代半ばだった頃、何度かデートをしたことがある。
鮮明に覚えているのは、二人で江ノ島に行って…その場の雰囲気で手を繋ぎ、キスまではしたこと。
けれどなんとなくお互いにその先へは行けず、僕も僕で煮え切らないまま、気づけば二人の関係はただの同期に戻っていた。
その後、僕はお食事会で知り合ったCAや、友人の紹介で出会った丸の内OL、あとは地方局のアナウンサーもいたかな…まあ、そういった女たちといくつかの恋を重ねた。
結婚を考えるような相手もいなくはなかったが…正直な気持ちを言ってしまえば、独り身の自由を捨ててもいいと思えるほどの女には巡り会えず、今に至っている。
一方、佳恵は佳恵で、詳しくは知らないが何人か彼氏がいたはずだ。
友人たちから「面食い」と評される僕が惹かれるくらいだから、佳恵が美しい女であることに違いはない。それに実際、彼女はモテる女だったと記憶している。
だから僕としては、かなり意外だった。
36歳の現在でも、佳恵が未婚であるという事実が。
「最近どうなの?…男の方は」
それとなく佳恵と二人きりになった機会に、僕は軽く探りを入れてみた。
佳恵のことだから、未婚ではあったとしても彼氏くらいはいるだろう。いても構いはしない、と思っていた。
ただもし彼氏と順調であるなら誘うタイミングは今じゃないから、そこのところを確認しておきたかったのだ。
しかし佳恵の返答は、僕にとって予想以上に好都合なものだった。
というより、まるで僕に誘ってくれと言わんばかりのものだったのだ。
「…それが、別れたばっかりで。落ち込んでるの、私」
そう言って、佳恵は僕の前で泣き真似をしてみせた。
決してぶりっ子の類ではないし、どちらかというと佳恵はサバサバしたタイプの女だが、意外とこういう可愛いところもあったりして、そのギャップが男にはグッとくる。
「へぇ…そっか」
嬉しさではなく同情をこめるように、努めて低い声で僕は答える。そして「まあ、元気出せよ」などと言って、さりげなく肩を抱いた。
「俺が話聞いてやるよ。今度飲みにでも行こうぜ」
「健吾、こっち〜」
待ち合わせたのは、原宿にある『イートリップ』。
野菜中心のメニュー構成とオーガニックワインが豊富で、佳恵のお気に入りの店らしい。
週末の夜ということもあり、この日の佳恵は一層ラフなスタイルだった。少し肩が出るようなざっくりとしたカーキのニットに、細身のデニム。
36歳になっても佳恵は若い頃のスタイルを完璧にキープしていて、無駄な贅肉の類はどこにも見当たらない。
僕の方も一応、休みの日にジムに通うなどして気をつけてはいるが、それでもやはり20代の頃の体型とは違っている。
「佳恵って、何か運動してるの?顔もだけど、体型も全然変わらないよな」
それは、純粋な興味からの質問だった。
しかしこの会話をきっかけにして、僕の心はみるみる萎えていってしまうこととなる。
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