もともと美琴と旬は同期だが、ほとんど接点はなかった。
しかし昨年起きた製品不良による回収騒ぎの折、美琴と旬は共に対策チームに招集され、いろいろと話すようになったのだ。
営業部の旬は顧客対応も素早く適切で、社のダメージを最小限に抑えた。それまで知らなかったが、旬は営業部で期待されているエースらしい。皆が旬を賞賛する中、偉ぶらずにチームメンバーに感謝する姿に、気づいたら美琴は恋をしていたのだった。
「マーケティング部には現場を理解しようとしない奴らもいるけど、美琴は違うよな。美琴と同期で本当に良かったよ。」
同期飲みの帰り道に旬から言われた言葉は、間違いなく褒め言葉だ。だけど異性としては見られていない気がして、なかなか一歩が踏み出せないでいたのだった。
片思い中の美琴に、絶好のチャンス到来
その翌日のことー。
「あの、先輩。新製品について、もう少し聞いてもいいですか?」
マーケティング部と営業部の定例の打ち合わせの後、葵から突然声をかけられた。
葵はもともと広報部所属であったが、半年前に営業部へ異動していた。美琴より2年後に入ってきたので、おそらく28歳くらいだろう。
異動が決まった直後は、華やかなイメージの広報から体育会系の営業へ異動というその意外性からか「顔採用で、営業部長が引き抜いた」や「接待枠じゃないか」など、心ない噂が社内に流れたが、当の本人は知ってか知らずか、旬のチームで日々頑張っているようだ。
「お店への棚割の提案で、ライバル企業にどうしても勝ちたくて。ターゲットについてもう少し教えていただけませんか?」
真剣な眼差しに気圧されそうになりながら説明すると、葵は資料に丁寧にメモを取り、終わると満面の笑みを向けてきた。
「大変勉強になりました。ありがとうございました!」
そう言って頭を下げると、旬の方に駆け寄り資料を見せる。その姿は先輩後輩というより、どうしても素敵なカップルに見えてしまうのだった。
2人のその姿を見ているのに気づいたのか、打ち合わせに同席していたマーケティング部の後輩・しおりが口を尖らせる。
「先輩、直接聞いちゃえばいいのに。なんなら私が聞いてあげましょうか?」
社内でも噂になっている二人の真偽を旬に聞けずにいるのを、彼女は知っているのだ。
「やめてよ。もし違ったとしても、向こうは私のこと何とも思ってないんだから。」
「もう!先輩って美人で仕事もできるのに、恋愛が絡むと何で急にそんな弱気なんですか!」
しおりはいつも堂々としていて、明るく人気者だ。結婚式を前に最近ますます綺麗になり、同性から見てもハッとすることもあるほどである。
「お、美琴。お疲れさま」
しおりへの返答に詰まっていると、後ろから声をかけられた。旬だった。
「打ち合わせ、今日も長かったな。もしよかったらこのあと、一杯行かない?久しぶりにさ。」