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黒塗りの扉 Vol.1

黒塗りの扉:アッパー層の闇と秘密で稼ぐ。『お抱え運転手』が見せる、もう1つの裏の顔

「環さまの車だと気がついた若者が、車の周りで騒いでいます。出て来られるのを待ち伏せするつもりのようなので、お2人は別々に帰られた方が。彼女は、裏口からタクシーで…」

「えー何で俺が、コソコソしなきゃいけないわけ?仕事の打ち合わせとでも言えば平気でしょ。写真取られたらまたSNSで炎上しちゃうだろうけど、それもまた面白いじゃん」

ケタケタと笑う主人に、危機感は全くない。そのニヤケ顔も簡単に想像できて、彼が今、日本で一番注目を集める経営者であることを忘れそうになる。

「…承知しました。このままお待ちしております」

そう言って運転手が電話を切ろうとした時主人が、不本意そうだねー、と笑いながら続けた。

「でもまあ、何だかんだ言って、俺が出るまでに上手いこと対処してくれるの信じてるよん。スーパー運転手の鈴木明(すずき・あきら)ちゃんが、ね。

そのために高っかいギャラ払ってるんだし。あ、車は好きに使ってくれていいからねー」

主人の声に、ねぇ、まぁだー?という甘ったるい女性の声が重なると、鈴木の返事を待たず、環は雑に電話を切った。

SNSを酷使しプライベートをさらけ出すことを、何とも思っていない男。さらに莫大な金額の社会貢献やボランティアで好感度を上げ、一切の自費広告を出さぬまま、時価総額8,000億円の企業へと育て、成り上がった男・環利一。

その触手はITから飲食業まで多岐に渡り、軽薄な外面の下に隠された経営手腕は相当なものと評されながら、手段を選ばぬとの噂もある。

彼のことを恨む人は多く、敵だらけだと聞く。

実は…この鈴木明と呼ばれた運転手が、環のお抱え運転手に『なった』のも、その敵からの依頼だった。環は何も知らないが、鈴木には運転手以外の目的がある。

『環利一を徹底的に壊して下さい』

それが今回の依頼主からの要望だったが、その依頼を完遂するためには、まずは環からの完璧な信頼を勝ち取らなければならない。

そのために今、この事態を収束させるべく鈴木が『作戦を決めて』外に出ると、車を取り囲んでいた若者たちが運転手を凝視し、しばしの沈黙が訪れた。


年齢は30歳を超えたくらいだろうか。身長は175cmほど。地味な眼鏡と地味なスーツを着た色白の男。よくも悪くも、特に印象に残らない。

それが恐らく、同性から見た鈴木の印象だろう。

しかし実は、そのスーツはオーダーメイド。シャツの下には細身だが鍛え抜かれた体があり、黒縁のメガネで誤魔化されているのは、色が薄く切れ長の美しい瞳。

意図的に隠された男の魅力に、本能的に気がつくのは…いつも女だ。

思わず、といった様子で女が呟いた。

黒塗りの扉

東京のアッパー層を知り尽くし、その秘密を握る男がいる。

その男とは…大企業の重役でも、財界の重鎮でもなく、彼らの一番近くにいる『お抱え運転手』である。

一見、自らの意思などなく雇い主に望まれるまま、ただ黙々と目的地へ向かっているように見える運転手が。

もしも…雇い主とその家族の運命を動かし、人生を狂わせるために近づいているのだとしたら?

これは、上流階級の光と闇を知り尽くし支配する、得体の知れない運転手の物語。

ようこそ…黒塗りの扉の、その奥の…闇の世界へ。

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