女子力の呪い Vol.2

それはまるで、甘美な地獄。理想の結婚を手にした32歳の人妻をからめとる“女子力”の呪いとは

そして呪いは続く


「ねえ…私、この後ちょっと銀座でお買い物したいんだけど、いいかしら?」
「別に構わないよ。おれは疲れたから先に帰る」

雅人はランチコースの最後のコーヒーにたっぷり砂糖を入れて飲み干すと、のそのそと席をたった。

「ありがとう。夜には戻るわね」

萌美は20代からほとんど衰えのない愛らしい笑顔で夫を見送ると、さっとスマホを取り出しLINEを立ち上げた。


GINZA SIX 6階蔦屋書店のカフェスペース。萌美はここで、ある人を待っている。

目の前のソファ席では、おそらく萌美と同年代であろう母親が、ぐずる幼い娘をあやしている。

その光景をぼーっと眺めながら、萌美は考えていた。

結局のところ、私は母を見返したかったのだ、と。

「もえちゃん、よく頑張ったわ。えらかったわね」

母の期待をはるかに上回る“理想の夫”を手にした自分を、さすが私の自慢の娘、と認めて欲しかった。



「見つけたよ、お姫さま」

背中にふわりと体温を感じて振り返ると、すぐ後ろに智樹が立っていた。その全身からは、26歳という年齢にふさわしい若草のような汗の香りがする。

「遅い!呼んだら30分で来るって言ったでしょ」

彼は萌美のパーソナルジムのトレーナーであり、“結婚生活を維持できた理由”そのものだ。

俳優の竹内涼真似の爽やかな風貌の彼は、20歳の女子大生から美魔女マダムまで、それはもうたくさんの女たちに狙われていた。

そして萌美は、そんな男に選ばれたのだ。

「知ってるの?私、6歳年上で、結婚もしてるのよ」

智樹のたくましい腕に初めて抱かれたとき、萌美が身をよじらせると、彼はかすれた切ない声でこう囁き、さらに腕に力を込めた。

「知ってる。それでも…あなたじゃなきゃダメだ」

年齢、そして既婚者であるというハードル。
それを乗り越えてなお選ばれるということの、なんと甘美なことだろう。

結婚生活という現実には絶望すら感じていた萌美だったが、その胸の中にあったのは「私は目当ての男に選ばれたのだ」という、えも言われぬ快感の残り火だった。

もちろん経済力のない萌美は、離婚する気などない。(雅人に落ち度はないし、慰謝料ゼロで叩き出されるのがオチだ)

夫の前では笑顔を絶やさず家事も完璧にこなし、理想の結婚生活と、智樹との関係、その両方を維持してみせる。

もしいつか、彼の心が自分から離れたら…
その時はまた別の“智樹”を探すだけだ。

「やだ。智くんすごい汗ね」

鞄からハンカチを取り出し、若い恋人の額に光る汗をそっとぬぐう。かつて、3枚のハンカチを駆使して“女子力おばけ”などと呼ばれていた頃を思い出しながら。

萌美は、この上なく愛らしく上品な笑みを浮かべた。

そう。これがきっと、どんな努力をしても手に入れたかった“女としての幸せ”というやつなのだ。

―でも…

ときどき、萌美の頭にある言葉がよぎる。

―“幸せ”って、なにかしら。

ねえ、お母さん。



萌美(仮名)の話はここまでだ。

娘にとって母親の愛情とは、
ときどき、呪いに形を変えるものらしい。

いい男に選ばれ、愛される。
“女としての幸せ”にこだわるあまり
自分の気持ちすら見失ってしまった彼女。

その心に空いた大きな穴が埋まる日は来るのだろうか。


▶︎NEXT 9月18日 火曜更新予定
では自ら選び、愛する女は幸せなのか?この瞬間の恋に全てを捧げる“暴走アモーレ”綾女・28歳の呪いとは

※本記事に掲載されている価格は、原則として消費税抜きの表示であり、記事配信時点でのものです。

この記事へのコメント

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No Name
この若い男には選ばれたというよりは、大勢のうちの1人じゃない?
2018/09/11 05:5599+返信6件
No Name
夫としたくない人が多いねぇ。。
てゆーか、また不倫オチだったか。
2018/09/11 05:1899+返信6件
No Name
いつか夫にバレて天罰下ってしまえと思ってしまう私…。
2018/09/11 05:5299+返信12件
No Name
出口のない地獄って描写があるけど、旦那さんに何かを強要されてるわけでもないし、地獄感全くない気が...
生活の心配はないし、若い彼氏はいるし。
ただ思い描いていた生活と違うってだけ?
2018/09/11 06:2058返信1件
No Name
母親の影響ってほんと大きい。完璧な人なんかいないんだから、良きにつけ悪しきにつけ。
2018/09/11 05:4053
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