ある出会い
―トリュフ、今年はまだ一度も食べてないわ…。
芳しいトリュフの香りを思い出すと、たちまち気分が高揚する。そのLINEに、すぐさま返信を打った。
「お誘いありがとう^^美味しいトリュフが食べられるお店なら、いいよ♡」
他人からしたら少々強気と思われるこの発言も、結衣を古くから知る親友になら許されるであろう。結衣はお食事会自体に興味はなかったし、真奈美のように婚活に必死になっている訳ではない。
結衣は昔から、食事に行くたびに男性たちから「味の分かる女だ」と言われてきた。美食家の男性たちはそんな結衣を面白がり、さまざまなお店に競うように連れていってくれるのだ。
しかしいつの間にかすっかり舌が肥えてしまい、今は男性たちとの恋愛ごっこより、美味しい物で満たされる幸福感に取り憑かれてしまっていた。
―いまの時期だったら、トリュフは最高ね。
結衣はすぐさま、『テール・ド・トリュフ東京』で行うという食事会の日程を手帳に書き込んだ。
食事会当日―。
「ねぇ、今日って当たりじゃない?有名な事務所の弁護士らしいし、皆イケメンだよね」
真奈美が小声で耳打ちしてきたが、結衣は職業で惹かれることはなかった。男性なんて皆、女性を如何に口説くかばかり考えていて、中身は同じようなものである。
そんな中、向かいに座っている半田陽平という男が気になった。彼は始まってから一度も目を合わせようとしない。こんな場所に来ているのに、先ほどから男同士で仕事の話ばかりしているのだ。
「ねぇ、半田さん。半田さんはどういう女性が好きなんですか?」
真奈美がいつの間にか彼の隣に座って、距離を縮めようとしている。たしかにその整った顔立ちや筋肉質な身体つきは、女性の興味を引くのだろう。
「これと言って思い浮かばないけど…。強いて言うなら、目が綺麗な子は好きかな。目は口ほどにものを言う、って言うしね」
そのとき一瞬だが、彼がチラリと結衣に目線を向けた気がした。何か言いたそうなその目に、思わず胸が高鳴る。
結衣は2人の会話を聞きながら静かに赤ワインを飲んでいると、隣に座るアキラという男がおもむろにこう聞いてきた。
「結衣ちゃんは、どんな男性がタイプ?俺とか、どう?」
アキラはいかにも遊んでそうだと一瞬で分かるタイプの男で、ちょっとチャラいな…と思いながらも、対面にいる陽平の視線が気になり丁寧に答えてやった。
「一緒に美味しいものを美味しいねって、食べてくれる人かな?私、美味しいものに目がなくて」
するとすかさず、アキラの隣に座っていた仁美という女が、身を乗り出した。
「へぇ。結衣、インスタに高級なお店ばかり載せてるもんね?」
仁美とは、こうした食事会で何回か顔を合わせたことがあるだけでさして仲良くもない。結衣が苦々しく思っていると、その言葉にアキラが悪乗りしてきた。
「そうやっていろんな男に奢らせて、男を振り回してるんでしょ?でも、可愛いから俺も奢りたくなっちゃうなぁ」
その言い方に、結衣はカチンとした。
たしかに何年か前まで、美味しい食事を奢ってもらい、その後本気になってしまった男性たちに手こずったことはある。しかし結衣にその気がないと分かると男たちは自然と離れていき、いま食事にいくのは生粋の美食家ばかりだ。間違っても“振り回す”ような関係になったりはしない。
しかし言い返すのも面倒だったので、意味ありげに笑いその言葉は流すことにした。
だがそのときの半田陽平の視線が、先ほどとは違い少し軽蔑が交じっているように感じ、結衣はがっかりするのであった。
◆
後味の悪い食事会から、1週間が経った。
この日は仕事終わりに「食事会の反省会をしよう」と、真奈美と銀座で待ち合わせていた。
約束まで少し時間があったので、結衣は大好きな銀座シックスの『#0107 PLAZA(オトナプラザ)』に立ち寄った。マスカラが切れかけていたことを思い出し、いくつか物色していると、化粧品コーナーでは見慣れない言葉が飛び込んできた。
―マスカラTF?保湿成分のトリュフエキスとオイルの入ったマスカラ…こんなの初めて見た。
結衣はそれを手にとるとすぐにお会計を済ませ、化粧室でワクワクとしながら早速買ったマスカラを取りだした。
目元からたっぷりと塗ると、鏡には見違えたように長く漆黒で、ツヤのあるまつ毛が映し出されている。
―艶があるせいか、高級感があって大人っぽい…。それに、少し色っぽく見えるみたい。
いつも以上に華やいだ顔になった自分を見て一気にテンションが上がる。ちょうどそのとき、真奈美からLINEが届いた。
「結衣、ごめん!急に本命君からデートに誘われた!今度埋め合わせするから、今日はキャンセルでも良い?」
恋愛体質の真奈美といるとたまにこんなことがある。
―真奈美にも、このトリュフエキスが入ったマスカラのこと教えてあげたかったのに。私が、“トリュフ”を目元につけてるなんて言ったら、きっと面白がっただろうなぁ。
真奈美に「了解」と返信したもののまっすぐ家に帰る気がせず、気軽に美味しい食事とお酒を楽しめるフレンチバル『ヴァプール』へと向かった。
今日も大繁盛のカウンター席。トリュフ入りの自家製ソーセージをつまみながらワインを飲んでいると、突然「結衣ちゃん」と声をかけられた。
「アキラ君!…と、陽平くん…!?」