2018.06.14
虎ノ門の路地を歩いていると、ふと目に入る深緑の壁。灯篭。そして、季節の食材が大胆なタッチで描かれた暖簾。
こここそ、食通が最後にたどり着くとまで言われる『と村』だ。
訪れること自体が人生におけるハイライトのひとつになり、一生涯をかけて通い続けたいと思わせてくれる。
この店の魅力に迫った。
食通が辿り着く最終地点。究極の食材と徹底したこだわりで移りゆく季節を感じる
『と村』
『と村』の料理、それは一つの禅問答のようだ。目に見えるものだけにとらわれていたのではその真味はわからない。
料理一つひとつの奥に隠されている料理人の様々な想いや腐心、手間暇を汲み取る慧眼があってこそ、この店での晩餐は生涯忘れ得ぬものとなる。
ご主人の戸村仁男氏は、京都での修業後、赤坂で独立。2007年にこの地に移ってからは、既に京料理の枠を越え、もはやそれは、〝と村料理〞と呼ぶに相応しい。
旬の食材を巧みに切り取ったコースに登場するのは、具のない汁だけの「鴨の蒸しスープ」だったり、切っただけの(他店ではありがちな肝醤油もつけぬ)「蒸し鮑」。
また、今や名物の一つでもある「筍の煮物」にしても、一見しただけでは何の変哲もない普通の筍煮。盛り付けも素っ気ないほどシンプルだ。
しかし、凛とした風味の鴨の滋味溢れる余韻の深さにはため息が漏れ、1.5kg級の鮑は何もつけずとも磯の香りに満ちている。
そして、分厚くカットされた筍にかぶり付けば、柔らかな土の香りを彷彿とさせるたおやかな甘みがじんわりと舌を潤していく。いずれも直球勝負のおいしさだ。
しかし、それらは、一朝一夕にして出来上がったものでは決してない。水面下で幾度となく試作を繰り返し磨き上げてきた珠玉の料理ばかりだ。
例えば、新作の「鴨の蒸しスープ」の場合は、中華の技法を用いつつ、いかに和に仕立てるかを考え抜いた意欲作。
網採りの天然真鴨を6時間かけて蒸すことでこのシンプルな一杯に、2羽分のエキスを封じ込めている。
また、殻付きのまま蒸す鮑は、大きさや時々の質に応じて蒸し時間を微調整。
一方で、より良い素材を手に入れるための手間暇も惜しまない。毎年、春先には樫原の竹林まで出かけ、生産者と密に話を交わす中で取りよせる筍は、京都の料理屋でも手に入らない幻の逸品。
しかも、前日の夕方に取った筍を空気に触れさせないようすぐさま冷蔵してもらい、翌日の朝8時過ぎには店に届くよう万全の手杯を施す……といった按配なのだ。
優れた料理人の素材を見抜く鋭い洞察力とぶれることのない技術力、そして最上級の素材とが揃った時にのみ生み出される美味は、それまでの己の食経験値を凌駕するに違いない。
ある種、食べ手の実力も試されるゆえ、訪れる際には心して臨むべきといえよう。
Photos/Ryoma Yagi, Text/Keiko Moriwaki
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この記事で紹介したお店
と村
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