「龍平さんの、好きなお料理ってなんですか?私フードコーディネーターなので、龍平さんの好きな料理、今度作ってあげたいなぁ♡」
「へぇ、歩ちゃんはフードコーディネーターなんだ...作ってもらえるのなら、何でも嬉しいよ」
男とは、なんて単純な生き物なのだろうか。
昔から“男を手に入れたいなら胃袋を掴め”なんて言うが、34歳の独身男にとって、やはり料理ができぬ女性よりも、料理上手な女性の方が魅力的である。
しかも歩の場合、所謂世間一般の“自称・料理上手な女”よりも、フードコーディネーターという職業に就いている分、説得力がある。
そして何と言っても龍平は、一人暮らし歴10年以上。暖かい家庭料理を欲するお年頃である。
「そしたら、定番だけどハンバーグとかどうですか?私の得意料理なんです♡」
口をぷくっと膨らませて、所謂“アヒル口”でこちらを見てくる歩に、龍平は何とも言えない気持ちになる。
「歩ちゃんってモテるよね?なんか男心のツボを心得てる感じがするし」
さっきから歩は、上目づかいでこちらを見てくるだけでなく、色々と気がきく女性だった。
距離感も、付かず離れずの一定距離を保っており、その距離の測り方が絶妙だ。またベタベタとtoo muchなボディータッチはしていないのに、適度なお触りもあり、そのさじ加減が抜群に上手い。
—バチェラーで、最後の4人まで残っただけのことはあるな...
しかし、龍平がそんな風にうっかり歩に転がされかけている時だった。
歩は、あの“禁断の話”を持ち出したのだ。
「龍平さんは、彼女とはいつ別れたんですかぁ?」
お皿に料理を取り分けながら、再び歩が上目づかいで話しかけてくる。
「最後...いつだっけな。忘れちゃったよ。歩ちゃんは?」
本当は正確に覚えているが、歩に言うことではないと思い龍平は言葉を濁す。しかし、その時だった。
「私、すご〜く好きな彼がいたんです。6年も付き合っていたんですが、結局別れちゃって。未だにその彼のこと思い出すんですよね」
「へ、へぇそうなんだ」
この子は、計算でこれを言ったのか。それとも、ただ純粋なのだろうか。
歩の中で、その彼の存在はとても大きかったのだろう。20代で6年間交際していたことは一途で素晴らしいかもしれないが、その話を聞かされたところで、どう反応すれば良いのか分からない。
且つ、実際にそんなことを言われると、交際したいと望む男には重圧である。
新しい男からすると、昔の男を引きずっている女性にアプローチするのは無駄足かも?と思うってしまうものだ。
「元彼の話は、あまりしない方がいいんじゃない?」
「え〜でもぉ。ありのままの私を知って欲しいし、嘘は嫌なんですぅ」
素直なことは良いことである。
しかし決して男は“赤裸々告白”を望んでいない。具体的な詳細を聞きたいわけでもない。
想像力を駆使し、言葉を濁す。もしくはざっくり話すくらいで十分なのだ。
「恋愛って、難しいんですね♡」
そんなことを言いながら、歩はまたアヒル口になっていた。
しかし、これだけではなかった。彼女には結婚できない最大の欠点があったのだ。