エビージョの恋：「いつかは、別れると決めてる。」道ならぬ恋にハマった女が、恵比寿に住む理由

女が恵比寿に住む理由

「アキ、婚約おめでとう〜！」

女たちの黄色い声とともに、”Happy Wedding”と書かれたデザートプレートと、ピンク色で統一された花束が目の前を飛び交う。

今夜は恵比寿の『M/HOUSE』にて、学生時代からの仲良しグループの一人であるアキの婚約祝いをしていた。

つい最近まで、この女子メンバー5人が恵比寿に集合するのは、男性を含めた食事会や誕生祝いばかりだった。だが27歳を過ぎたあたりから、結婚や出産祝いで集まることが増えてきた。

「アキはもうすぐ引っ越すのよね？新居は決まったの？」

「うん、色々探してたんだけど、麻布十番のマンションを買うことにしたの！」

「じゃあ、私は白金だしカオリは飯倉だから、みんな近いね。ご近所ランチとかしよ〜♪」

子持ちの女、新婚の女、そして婚約中の女。

5人のうち3人は女としての人生の駒を着々と進めており、柔らかな微笑みを自然とその顔に浮かべていた。夫はそれぞれ、商社マン、テレビ局員、そして外資金融勤めというエリートばかりだ。

そんな彼女たちは、なぜだが揃って港区に移住していく。

残った志乃ともう一人の理恵子は、恵比寿で一人暮らし中だ。志乃にはそれが何となく、偶然ではなく必然のように思えてしまう。

「港区はやっぱりイイよ。出産したら助成金も出るし、場所によっては公立の学校も......」

自分より何歩も先を行く女たちの会話に若干の引け目を感じながら、志乃は名物のシフォンケーキにひっそりと手を伸ばす。

ほどよい甘さと、ふわっと軽い口あたり。いくら食べても罪悪感は薄かった。


―大輝の小学校の受験が終わるまで、待っててくれないか？片親の受験は不利らしいんだ。志乃なら分かってくれるだろ...？


大手テレビ局に勤める志乃が、上司である浩一と関係を持ったのは、もう3年以上も前になる。

新卒後まもなく彼がディレクターを担当する番組チームに配属され、昼夜問わずひたすら作業に没頭するうち、上司への尊敬、仕事への情熱といったものが、知らぬ間に深い恋愛感情に変わっていたのだ。

―嫁には、もう本当に何の感情もない。こんなに愛してるのは志乃だけだよ。分かってくれるだろ...？

こうして浩一が何かを訴えかけながら、身体を強く抱きしめるたび、志乃はコクリと頷くしか術がなくなってしまう。

―志乃ももう一人前の社会人なんだから、一人暮らしをしたらいいよ。引越し代は俺が払うし、恵比寿にでも住んだら？そうすれば、もっと会えるようになるし、いつかは二人で......。

豊島区にある実家を出たのは、彼の一言が決め手だった。

35歳の浩一より４つ年上という妻は、年齢的な焦りにより、ほとんど夫の意思を無視して結婚や妊娠に至ったのだという説明を100％信じているわけではない。

だが、彼の言葉を愛の囁きととるのか、あるいは薄っぺらな戯言ととるかは、少なくとも自分次第であると志乃は思っている。