エビダン! Vol.8

たった1本の電話で、恋の行方は決まる。器用貧乏男の“決定力のなさ”が露呈した夜

こじらせ港区男子・龍太の本音とは


「杏奈には、サトシみたいな人の方がいい」

前回のデートで杏奈にそう言い放って以来、僕の心はヒリ付いていた。

心のどこかで、杏奈は自分のもとから去らないだろうという自信があった。しかしその一方で、いざ本当に失ってしまったら、その心の準備なんてまるでできていない自分にも気づいてしまったのだ。

「…この前龍ちゃんが言っていたことって、本心なの?」

一緒にいるときは、いつもとびっきりの笑顔を見せてくる杏奈だが、今日は妙に静かだった。

「え?何の話?」

『恵比寿 米ル』のカウンター席で日本酒を飲みながらわざとらしくとぼけて見せるものの、今日の杏奈に冗談は通じなさそうだ。


「こうやってデートして、もうすぐ3ヶ月以上経つけど...私たちの関係って、何なのかな」

そう切り出した杏奈の顔が見れず、思わず日本酒が注がれたお猪口に視線を落とす。

杏奈の言いたいことは、痛いほど分かっている。

たった一言、「好きだ、付き合おう」と言えば済む話だとは思うが、なぜか僕はその一言が言えないのだ。

「杏奈は、どうしたいの?」

そう。僕は…ずるい、ずるい男だ。こちらが“告白した”という事実を作りたくなかった。杏奈との関係をどうしたい、と言うよりも先に自らの保身に走ったのだ。

「そうやって、龍ちゃんはいつも人に決断を委ねるよね。もし仮に、私のこと本当に好きならば、ちゃんと好きって言ってくれる気がするの。龍ちゃんの気持ち、もう十分わかったよ」

まるで2人の関係を終わらせようとする杏奈の言葉に、僕は焦りを隠せなかった。

「は?別に嫌いとは言ってないし」

「龍ちゃん、もういいよ。別に誰が悪いわけでもないけれど。ちゃんと向き合える人と一緒にいた方が、お互い幸せになれると思うの」

こんな杏奈の表情を見るのは、初めてだ。

そして、そのときようやく気付いたのだ。無邪気な笑顔でずっと隣にいてくれていたのは、当たり前のことではなかったのだということに。

しかし杏奈の悲しげな表情を見てもなお、「行くな」とも言えない自分のちっぽけなプライドが心底嫌になり、拳をぎゅっと握りしめる。

「そっか、分かったよ」

そう言うのが、精一杯だった。


—もう、傷つきたくない。


杏奈が欲しいと、自ら望まなければ、言葉にしなければ傷つかないと思っていたのに―。

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