「機械メーカー?私、機械わかんない~」
あまりにも食いつきが悪いのだ。
「ほら、あの会社なんだけど…」
「あー、なんか聞いたことある気はするけど」
会社名を口にしてみても、反応はすこぶる悪かった。
それならば、一人暮らしの話はどうだ?俺は、意気揚々に一人暮らしを始めたばかりの天満の話をしてみる。
ところが、ナナコちゃんはこう言った。
「天満~?なんかあのガチャガチャしたところやろ?」
冷たく一蹴されて、俺たちの会話は終わった。(今でこそ天満は女子会特集にも取り上げられて盛り上がっているが、確かに当時は下町感がまだまだあった。)
就活の面白エピソードや、社会人最初の失敗話。天満の美味しい隠れ家の話でも、大学時代の話でも何でもいい。
引き出しはいくらでもあるのだが、引き出しに手を掛けると同時にナナコちゃんにピシャリと閉められる。
―俺の引き出しって、社会人だと通用しぃひんのか…?
学生の頃は、持ち前のトークで盛り上げられない食事会なんてなかったのに。
不安と動揺で話が途切れはじめ、会話の糸口を掴めないまま、ナナコちゃんの興味は、徐々に他の男の話に移っていった。
気が付けば、目の前の大学時代の仲間、スポーツ担当の圭祐の話に女子たちが食いついている。
圭祐は、学生時代の食事会では、熱血でむさくるしそうだと女たちから興味を持たれないことがほとんどだったのに、なぜ。
圭祐は、「商社マンは~」と大して面白くもない自慢話を披露している。
俺は、ぼんやりとその声に耳を傾けながら、心の中では苦笑していた。
ーあいかわらず、おもろない男やな…。
今日の男メンバーのうち、俺を含めた3 人はテニスサークルのメンバーだ。圭祐だけは例外で、体育会ラクロス部に所属していた。
圭祐は、男ばかりのむさくるしい空間で4年間を過ごしたからだろうか、女の子を笑わせるという技術にイマイチ欠ける。筋肉ばかり発達して、肝心の笑いのセンスはどこかに置いてきてしまったようだ。
大阪人のくせに面白くない男なんて、大阪の恥だ。
そうせせら笑っていると、耳をつんざく甲高い叫び声が聞こえた。
「圭祐さん、すご~い!商社マンの鏡やん!」
ナナコちゃんの、俺への態度との違いに、俺は愕然とした。圭祐を取り巻く女たちの黄色い声が、頭にガンガン響いて目眩がする。
―商社マンか…。
体育会という枠で、商社の内定を手に入れた圭祐の完全勝利だった。
そこそこ知られた機械メーカーの営業なんて、泥臭いだけで、女の子からしたら何の価値もないのだ。このときはじめて、就活をないがしろにしたことを、とてつもなく後悔した。
おもろいだけで、人生安泰。昨日まで本気でそう信じていたのに。
こうして俺は、社会の洗礼を、新卒4月そうそうに浴びたのであった。
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