誘われない女:「何で、あの女と…?」チヤホヤされる同期が、許せない。嫉妬に駆られた女のもくろみ
翌朝、自宅にいったん戻ってから会社に向かった。
同じ服で出勤できないし、メイクもヘアも完璧な用意ができないと、その日一日、気分が乗らないのだ。
昨日は結局孝之の帰りを待っていたら寝るのが遅くなり、今日も寝不足である。コンシーラーとパウダーファンデーションをしっかり塗って顔色を整え、会社に向かった。
いつも通りショールームの掃除を済ませ、デスクで今日のスケジュールを確認していると、さとみが現れた。
「おはようございま~す!」
昨日から何度も頭に浮かんでは消した、女の顔である。
昨日は深夜まで飲んでいたはずなのに、さとみは全く疲れを感じさせないピカピカの肌で、エネルギーに満ち溢れているように見えた。
夏希の視線に気づいたのか、さとみはこちらを見てにこりと笑う。それがまるで宣戦布告のように思え、夏希を苛立たせた。
◆
「えええぇー!?年末年始は、パリに?羨まし過ぎるー♡」
さとみの声が、フロア全体に響き渡る。この日大御所の女性スタイリストである樋口恭子が、新ブランドのルックを見に来ており、さとみが対応していたのだ。
仕事の話も早々に、さとみはさっそく彼女とのお喋りに興じていた。その様子を見ながら、夏希は少し焦りを感じていた。
彼女はモード系ファッション誌のお抱えのスタイリストなので、夏希も信頼関係を築こうと必死なのだ。それを瞬時にさとみに取られそうな気がして、落ち着かなかった。
「はーっ、緊張した!樋口さんってオーラすごいね」
対応を終えたさとみは戻ってくるなり、興奮した様子で話しかけてきた。
「…何をそんなに話していたの?くれぐれも、失礼のないようにね」
つい、責めるような口調になってしまった。しかしその皮肉めいた言葉に、さとみは笑顔で答えた。
「お酒が好きらしくて、今度飲みに行きましょうって話してたの。夏希ちゃんも良かったら…」
「私は、いいわ」
有無を言わさぬ勢いで、答えてしまった。
◆
そのやり取りのあと、夏希は少し頭を冷やそうと、化粧室に駆け込んだ。
鏡の前には、寝不足で、疲れた顔の女が映っている。
「夏希ちゃん。そんな顔して…どうしたの?」
鏡の前でしかめっ面をしていると、新入社員時代お世話になった菜々子に声をかけられた。
菜々子は美人で凛としていて抜群に仕事ができる、まさに夏希の目標とする女性像だった。今は、さとみのチームのマネージャーだ。
「眉間に皺寄ってるよ?」
菜々子はそう言いながら、ポーチからリップを取り出し、するするとのせていった。
「あ…」
そのリップは、昨日さとみがつけていたのと同じものだったのだ。菜々子さんの唇は、さとみと同じように艶やかに発色している。
「菜々子さんのリップ、さとみと同じですか?」
「そう。うちのチームで流行っているの」
さとみの昨日の艶やかな唇が思い出し、夏希はファンデーションを塗る手を止めた。