15時を過ぎた頃、休憩しようと会社の1階に入っているカフェに行くと、八木先輩と瑛士が話している姿が目に入った。
八木先輩は1ヵ月ほど前にイラン駐在から帰ってきたばかり。鉄平と同じ慶應出身ということで、昔から気にかけてもらっていた。
八木先輩がイランに行くまでは、瑛士が彼の下にいたこともあるため、三人で飲みに行ったことも何度もある。
「八木さん、お疲れ様です。瑛士も、お疲れ」
コーヒー片手に二人のもとへ行くと「おお、座れよ」と椅子を勧められた。
「鉄平、お前なんか疲れてるな」
「ああ、今週頭に急なトルコ出張が入ったりしたんで。まったく人使い荒いっすよね。そういえば来週もドバイ出張なんですけど、八木さんは行かれたことありますか?」
「何度かあるよ。人によると思うけど、英語の訛りがひどいから慣れるまでは聞きとるのが大変だったな」
それから八木先輩は、ドバイでの話を聞かせてくれた。すると、静かに話を聞いていた瑛士が、突然口を挟んできた。
「ドバイといえば、2020年のドバイ博に向けて、日本の中小企業が色々動いているじゃないですか。その中で、ちょっと僕目をつけてる会社があるんですよ」
この言葉を皮切りに、八木先輩と瑛士は、鉄平が聞いたこともない会社名をいくつも挙げて、「あそこの会社は今、設備投資に力を入れている」とか「最近発表した新製品が、予想外にメキシコで売れている」などと盛り上がり始めた。
「へぇー、そうなんすか」
鉄平は居心地の悪さを感じながら、適当な相槌をうってやり過ごす。
「おっと、打ち合わせの準備しないと。瑛士、面白い情報ありがとな。鉄平は出張頑張れよ」
八木先輩は、腕時計を見ながら席を立ったかと思うと、颯爽とその場を後にした。
「なあ瑛士、お前さっき話してた情報、随分詳しいみたいだったけど、どこから仕入れたんだよ?」
「どこからって、自分で調べたんだよ」
「自分でって、ネットニュースとか?でもそれにしては随分詳しかったな」
「まあな。株をやるようになってから仕事とは直接関係ない会社のことも詳しく調べるようになってな。世界の経済情勢にも敏感になるし、ニュースなんかを見ても、今までより一歩踏み込んで考えるようになるんだ」
さらりと言ってのける瑛士が、なんだか遠い存在に思えた。
別に株取引をしていることなんて、取り立てて珍しいことではない。
ただ、今までは仕事もプライベートでも「冴えない」と思っていた瑛士が、自分の知らないことで先輩と盛り上がっている姿が、正直面白くなかっただけだ。
今までであれば、鉄平と先輩が軽口をたたき合い、瑛士は笑って見ているだけだったのに、今はそれが逆になっていた。
「それより鉄平、やっぱりCAって積極的だよな。特に美和子なんてさぁ、なかなか離れてくれなくて。でも彼女、一見華奢だけど中身はかなりグラマーだったぜ」
瑛士が顔を近づけ、ワントーン落とした声で言ってきた。片方の口角だけを上げてニヤリとしている。
美和子という言葉に一瞬激しく動揺したが、瑛士に悟られないよう
「あ、そうなんだ。そういうギャップのある女ってイイよな」
そう返すのが、やっとだった。
―まさか美和子が瑛士と…
そう考えるだけで、気分が悪くなった。
―まさか、俺が美和子にLINEを送ったことも、瑛士は知ってるのか…?
そんなことを考えていると、瑛士が追い打ちをかけるように言った。
「ほかの子たちもかなり積極的だったよな。それぞれからLINE来ただろう?」
―それぞれから誘われたって、何だよ
鉄平は、口が裂けても言えなかった。誰からも連絡がこなかったこと。ましてや美和子に自分からLINEしていたなんて。
―まさかこの俺が、食事会で瑛士に負けた…?
いつの間にか、仕事でもプライベートでも、鉄平と瑛士の立場が逆転してきていることに、この時の鉄平は、まだ気づいていなかった。
▶NEXT:12月1日 金曜配信予定
30歳を迎える鉄平が、お食事会リベンジ!だが、名誉挽回どころかさらに落ち込むことに…!?
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