女の影
「スリランカのお土産で、女性が喜びそうなものってご存知ですか?」
そろそろ店を出ようと言うタイミングで、夏美さんが思い出したように尋ねた。“Girls Trip”では旅先でのお土産も紹介しており、やはりリアルな声はとても参考になる。
「何かなぁ」と皆が悩む中、真っ先に口を開いたのは大森くんだった。
「定番だけど、“スパ・セイロン”の石鹸かなぁ。香りがとてもいいみたいだよ」
−香りがとてもいいみたいだよ。
その言い回しに、私は心にざらり、とした違和感を覚えた。
誰も気に留めてはいなかったが、その一言の裏に潜む影に、私は敏感に気がついてしまったのだ。
「やっぱり人気なんだぁ。彩花、試しにいくつか買って帰ろう」
夏美さんの言葉に笑顔を返していると、彼らが「どうせ自分たちも買い物をするから」と、親切にもお店まで車で連れて行ってくれるという。
ありがたい提案ではあったが、しかしそのおかげで、私の嫌な予感は確信へと変わってしまうこととなる。
“スパ・セイロン”の店舗はコロンボの中心地にあり、ラグジュアリーな店内いっぱいにエキゾチックな香りが充満していた。
「実はここ、銀座にもお店があるんだけど」
店の入り口で、先輩駐在員のひとりが白状するように言う。その言葉に、夏美さんがしみじみと「どこに行っても、東京にないものを探す方が大変」と呟くのを、私は上の空で聞いた。
私の目は、ずっと大森くんを追っていた。
何度も来ているのだろう。慣れた様子で店内を歩き回ると、彼はまるで買うものリストがあるかのように迷いなく、石鹸をカゴに入れている。
私は夢遊病のように彼の後を追い、同じ石鹸を手にとった。
顔を近づけるまでもなく、フランキンセンスの香りが漂う。この香りを、彼に近しい「誰か」が好んでいるのだろうか。
「その石鹸、オススメだよ。泡立ちもいいんだ」
ぼんやりと佇む私を、気がついたら大森くんが笑って見つめていた。少し垂れ気味の瞳が、優しい。
しかし彼の穏やかな笑顔も、その優しさも、私より先に目ざとく見つけた誰かが独り占めしているのだ。
私は胸が苦しくなるのを抑え、できうる限りの軽い声色で彼に尋ねた。
「大森くんは…彼女へのお土産?」
しかしその言葉は想像よりはるかに粘着質に響いてしまって、私と彼の間に一瞬の空白が横切る。
「…違うよ。会社の女の人たち用」
そう言って去りゆく後ろ姿に、私は彼の…嘘を見た。
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この記事へのコメント
しかも、ハワイとかではなく、スリランカ
ナンパではなく落し物、というシュチュエーションがよい笑
大黒摩季さんの「夏が来る」をふと思い出してしまった‥