度重なる偶然
彼は、大森洋平と名乗った。
総合商社勤務でスリランカへは出張で来ており、夜のフライトで帰国するのだという。
「実はいま会社の先輩たちといるんだけど、良かったら一緒に一杯どう?せっかくの出会いだし」
甘い笑顔で誘われて、私はまるで少女のように頬が赤らむのを感じた。
とびきりのイケメンというわけではないが、さりげない仕草や身のこなしが洗練されていて、年上の余裕がある。(後で知ったが、彼は30歳だった)
言葉にするのは難しいのだけれど…彼のことを知れば知るほど惹かれていくに違いないという確かな予感があって、それは抗いようのない衝動だった。
しかし、夏美さんが待っている。うっかりのぼせ上がっていたが、私は遊びで来ているわけではないのだ。
「私、もう行かないと…」
仕方なくそう言いかけた時、思いがけず救いの手が差し伸べられた。いつの間にか隣にいた夏美さんが、私の声を遮ったのだ。
「あら、ぜひ!スリランカのこと、いろいろ教えてもらいましょうよ」
彼女はそう言うと私を覗き込み、何も言わず意味深に、微笑んだ。
異国の風は、心の垣根を取り払う。
ライオンビールで乾杯した私たちは一気に打ち解け、お互いの共通点を見つけては盛り上がった。
話している中で、大森くんの先輩だというふたりの商社マンは現地駐在をしており、出張で来ているのは彼だけなのだと知る。
それを聞いて、私はつくづく運がいいと思った。普段は東京で生活しているなら、また近いうちに再会できるかもしれない。
しかも運命が味方をしたのは、それだけではなかった。
「大森くんは、どのあたりに住んでるの?」
夏美さんが気の利いた質問をしてくれて、その答えに私はふたたび歓喜したのだ。
「渋谷だよ。恵比寿方面の」
「え!?すごい偶然。私たちのオフィスもそのあたりなのよ。ね、彩花?」
そう、渋谷には、私たちが運営するWEBメディア“Girls Trip”のオフィスがある。オフィスと言っても、SOHO向けマンションの一室だけれど。
度重なる偶然にすっかり意気投合した私たちは躊躇なくLINEを交換し、先輩たちがしきりに羨む声を浴びながら、「次は東京で飲もうね」などと約束したのだった。
この記事へのコメント
しかも、ハワイとかではなく、スリランカ
ナンパではなく落し物、というシュチュエーションがよい笑
大黒摩季さんの「夏が来る」をふと思い出してしまった‥