2011.10.21
不朽の名作スペシャリテ Vol.1Japanese
Immortal work Speciality
あしらいなどは一切なく、皿の上でただ堂々と存在感を主張する。
美味遺産と呼ぶに相応しい日本料理の粋を、生涯一度は堪能してみたい。
2011.10.21
不朽の名作スペシャリテ Vol.1あしらいなどは一切なく、皿の上でただ堂々と存在感を主張する。
美味遺産と呼ぶに相応しい日本料理の粋を、生涯一度は堪能してみたい。
おまかせ¥25,000~のひと皿。茹でたてアツアツの赤座海老を、カウンター越しに客の目の前で手早く殻をむき皿にのせてくれる。このシズル感も食欲をそそる。まだ湯気のある赤座海老を頬張れば、口当たりは優しく柔かく、海老というよりはカニに似た食感が印象的。淡いようで濃い甘みが味蕾に染み入る。「1年を通して品質がそれほど変わらないところも魅力ですね」とは、戸村仁男氏。
"日本料理は引き算の料理"とはよく言われるところだが、それも料理人の素材を見極める眼力と確かな技術力があってこそ、の話だろう。素材本来の持ち味を最大限に引き出すことができれば、余計な味付け、彩りは無用のものとなる。そんなシンプル・イズ・ベストの真骨頂ともいうべき皿がこれ。『京料理と村』の名物「活赤座海老の塩茹で」である。
文字通り、赤座海老を茹でただけの料理だが、ただ慢然と茹でているわけではない。茹で時間、茹で汁、塩分等の微調整を綿密に行い、一見単純な"茹でる"という作業を突き詰めることで、赤座海老特有の旨みや甘みを抽出、口当たりはふわっと柔かく、それでいて身に締まりのある独特の食感は、むしろカニに近い食味を感じさせるといってもいい。聞けば水で茹でたのでは海老の旨みが抜けてしまうからと、茹で汁には別にとった赤座海老の茹で汁をブレンドする手間のかけよう。単純に見えるものほど奥が深いことを象徴するひと皿だ。
懐石コース¥25,000~のひと品。日本酒、醤油、味醂を合わせた調味料に、甘鯛を漬け込むこと30分。そして、炭火での焼き。「焦げ目も味付けのひとつ。どうしたら美味しい焦げ目が付くか、常に手立てを考える」とは、辻義一氏。焦げも調味という精妙な焼き具合、日本酒、醤油、味醂という醸した調味料と甘鯛が同化して生まれる、新たな自然。自然を敬い、共生してきた日本人が生んだ、思いやりに満ちた傑作。
10年先の風合いを見越して塗ったという、魯山人の葉皿銀彩に、甘鯛が座っている。その姿は凛として揺るぎなく、さりげない。箸を入れると、はらりと身が崩れ、小さな湯気が上がる。あとは口に運び、ゆっくり噛みしめるだけだ。いくら噛みしめても、味は消えることなく、じんわりふわりと滲み出る。ひと噛みごとに、細胞に沁み渡っていくような滋味が、心を静かに座らせる。日本酒、醤油、味醂という、日本が生んだ発酵が、一分の隙もなく甘鯛と同化して、甘鯛はよりたくましく、優しき味わいを醸し出す。さらには焦げも調味という、寸分もムラのない、精妙な焼き加減も惚れ惚れとさせる。
酒焼きもいいが、寒さが深まる中では、幽庵焼きに限る。冷たく湿気を帯びた、しんと静かな日本の冬に溶け込んで、しみじみとうまさが膨れ上がる。日本の風土で食べてこそ、命をいただくありがたみが増す料理であり、この料理を心底美味しいと思う感性を、いつまでも大切にしたいと思う。
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