誘惑する唇:愛される女ほど、駆け引きしない。好きな男の独占欲をくすぐった女の秘密
女の気持ちは、意外と単純なのかもしれない
「元気なさそうだった、かな……?」
「私の勘違いだったらいいんだけど。あ、ちなみにこの口紅ね、”スパイシー バーガンディ”っていう色なの。私は、自分がモヤモヤしてる時はこういうはっきりした色を塗って、自分の気持ちを引き締めるようにしてるんだ」
その言葉を最後に、美加子はパソコンを開いて黙々と仕事を始めてしまった。
「そうなんだ。ありがとう」
真樹は、美加子の横顔に向かって小さく言うと、同じくパソコンに向った。
◆
ランチの後、真樹はさっそく「キスキス マット」の”スパイシー バーガンディ”を使ってメイクをなおした。
デスクに戻ると、口紅に気付いた美加子が「やっぱり似合ってるね」と笑いかけてきた。
「ありがとう。美加子の言う通り、なんだか気持ちがしゃきっとする気がする」
そう言って、真樹はもう一度鏡で口紅を確かめた。
自分では選ばないような深い赤に最初は戸惑ったが、鏡に映る自分はいつもよりきりりとしており、新たな自分に出会えたような気がした。
女の気持ちは意外と単純なのかもしれない。
細いピンヒールで歩く時は気持ちがしゃんと引き締まるし、女度も上がった気がする。逆にペタンコの靴を履くと、リラックスはできるけど、少しだけ気持ちがダラける。
洋服だってそうだ。少し苦しくてもタイトできちんとした服を着ている時は、苦しさなんて微塵も感じさせない気丈な振る舞いを自然としている。
身につけるものやメイクで、女の気持ちは単純なくらい変わる。
だからだろうか。
真樹は、鏡に映る凛とした顔の自分を見ていると、自分の中で迷っていたことがとてもちっぽけに思えてきた。
「やだ、真樹ったら顔がニヤけてるけど……?」
美加子にそう言って訝しまれるくらい、真樹は自分の中で起こった目まぐるしい気持ちの変化を隠すことができなかった。
「美加子、本当にありがとう!」
真樹はそう言って、すぐさまスマホを手に取りLINEを開いた。
それからの真樹の行動は早かった。
まずは竜太に、正直な理由を添えて断りの連絡を入れた。
―好きな人がいるから、やっぱり竜太くんには会えない。ごめんね。
ここでいちいち込み入った言い訳を考える時間さえ惜しかった。
竜太にLINEを送ると、次は康史に連絡を入れる。