誘惑する唇:追う恋に疲れた時、好きだと言ってくれる男性に寄りかかるのはダメなこと?
「康史さん、お疲れ様です」
真樹が康史に声をかけたのはエレベーターホールだった。幸い康史以外に人はおらず、彼は一人でエレベーターが来るのを待っていた。
普段であれば、康史と社内で話すことは滅多にない。ましてや、プライベートな話をこんな場所でしたこともない。
そのせいもあって、妙な緊張が真樹を襲う。
いつもより早く波打つ鼓動は無視して、不自然じゃない程度に声を潜めて真樹は言った。
「最近、忙しいんですか?」
あくまでも偶然を装いながら、自然な流れで聞きだそうと試みる。
康史は「ああ、うん……」と歯切れの悪い返事をするだけで、その後に何か言葉を続ける気配はない。
―やっぱり、いつもと違う……!
真樹は、何かがあったことを確信して思わずストレートに聞いてしまった。
「なんか、いつもと違いますよね。私、何か気に触ることしましたか?」
つい強い口調になってしまったが、言ってしまったからには後には引けない。
真樹が黙っていると、康史は「ふう」と大きく息を吐いて、ようやく口を開いた。
「この前、俺の同期が真樹ちゃんを見かけたらしいんだよ。銀座と有楽町の間あたりで」
その言葉を聞いて、真樹はすぐに竜太とのことを思い浮かべた。
―え、まさか竜太くんといるところを見られた……!?
真樹は動揺を悟られないよう努めて、続きを待った。
だが、彼の口からその続きが語られることはなかった。まるで、これだけ言えば十分だろうとでも言うように、真樹と目を合わせることもなく、黙りこんでしまった。
「違います、それは誤解です。私、ちゃんと拒否したんです」
真樹は、ここが会社であることも構わず説明を始めようとした。自分はきちんとキスされそうになるのを拒んだのだ。やましいことなんてないと真樹は思っている。
「拒否したって、何を?」
康史は呆れたように言った。その顔は、少し笑っているようにも見えたし、悲しんでいるようにも見えた。
ただ康史の視線は、今まで真樹を見つめてきたものとは、あきらかに変わってしまった。温度のない、突き刺さるような視線だ。
―お願いだから、説明させてください。
そう言おうとした時、廊下の奥の方から人の声が聞こえた。それはだんだんこちらに近づいてくる。
真樹が続きを言えずに黙ったままでいると、康史はエレベーターに乗らずにこの場から去って行った。
ー違う、違うのに……!
言いたいことは沢山あるのに、他の人の手前追いかけることもできずに、康史の背中をただ見つめることしかできなかった。
好きな人からの連絡ほど来ない
その夜自宅に帰った真樹は、ぼんやりとスマホ画面を見ていた。
康史に、なんと言えば誤解がとけるのか。そもそも、この誤解をとくことはできるのか。真樹はそればかりを考えていた。
康史は同じ会社の人間だ。あまり関係をこじらせたくないし、しつこく追いすがって嫌われたくもない。
色んな考えが頭を巡る。
ちょうどその時、竜太からまたLINEが届いた。
―俺はいつでも大丈夫だから、真樹ちゃんの予定に合わせるよ!
竜太はめげずにしつこく誘ってくる。
待ち望むほどに、好きな人からの連絡はこなくて、どうでもいい人からの連絡は来る。昔から、いつだってそうだ。
「うまくいかないなぁ」
ひとこと呟いて「はあ」と大きくため息をつく。
LINEを開き、気がつけば「いいよ」と竜太に返事を返していた。
竜太に会って直接、思い切り文句を言ってやりたい気持ちが半分。あとの半分は「竜太でもいいのかな」とあきらめに似た気持ちが半分あるようにも思った。
何のために竜太に会うのか、その理由は真樹自身が一番わかっていなかったかもしれない。
▶NEXT:8月31日 木曜更新予定
最終回。真樹は康史をあきらめて竜太を選ぶのか、それとも……!?
真樹が同期の弥生に褒められた口紅の詳細はこちら!
さらに、この口紅を引きたてるファンデーションの、数量限定プレゼント情報はこちら!
■衣装協力:1P目 男性左/チャコールグレースーツ¥127,000(ラルディーニ)白×青ストライプシャツ¥22,000(オリアン)ボルドーレジメンタイ¥16,000(フランコ バッシ/すべてビームス ハウス 丸の内03-5220-8686)チーフ<スタイリスト私物> 女性/ブルー×茶パイピングブラウス¥13,000 黒テーパードパンツ¥15,000(ともに22オクトーブル03-6836-1825)ピアス<スタイリスト私物> 男性右/ネイビーストライプスーツ¥101,000(ビームスF)白シャツ¥27,000(バルバ)ネイビードットタイ¥16,000(ホリデー&ブラウン/すべてビームス ハウス 丸の内03-5220-8686)チーフ<スタイリスト私物>