「じゃあ、偶然の再会に乾杯!」
再会から10分後、真樹は竜太と向かい合ってテーブルを挟んでいた。
竜太に連れてこられた『銀座「楼蘭」』は、さっき出会った場所から本当にすぐの所にあった。
(※こちらの店舗は、現在閉店しております。)
―ちょうどお腹空いてたし、暑くて喉もカラカラだったし。おごってくれるならいっか。
自分を納得させる理由をいくつも浮かべながら、真樹は差し出されたビールに口をつけた。
「真樹ちゃん、なんか今日はこの前と雰囲気違うね」
急に顔をじっと見つめられ、真樹は身構えた。また前回のように嫌なことを言われると思ったからだ。だが竜太はニコリと微笑みこう言ったのだ。
「前回も可愛いと思ったけど、今日はもっと素敵だね」
「え、ちょっと何言ってるのよ。前回、私のこと馬鹿にしてたくせに」
真樹は睨むように竜太に言った。「可愛い」なんて竜太が言ってくるはずがない。あんなに自分のことを馬鹿にしていた男なのだから。
「なんだろう。真樹ちゃん、前回とはすごく違って見えるんだよね」
警戒した真樹だったが、どうやら竜太は本心から言っているらしい。まじまじと顔を見られて、真樹は思わず顔を背けてしまった。
だがそれは、照れたからではない。笑みがこぼれてしまうのを抑えられず、それを見せないために顔を背けたのだった。
前回負けた勝負に勝ったような、そんな心地良さをこっそり噛みしめているのだ。
竜太に会う前に「ギンザ シックス」のゲランで口紅を試すついでに、ベースメイクもなおしてもらったからかもしれない。
あの夜、グロスでテカテカの唇だった自分はもういない。今の自分は、マットな唇の、大人びた女なのだから。雰囲気が違って見えるのは、きっとそのおかげだ。
妙な優越感が、真樹を包んだ。竜太から「素敵だ」という一言を聞けただけでも、今夜この店に来た甲斐は十分あると思えた。
嫌いだったはずの男に、好印象を抱いた瞬間
食事を終えて、真樹は化粧室でメイクをなおしていた。
パウダーを肌にのせ、買ったばかりのゲランの「キスキス マット」を唇にさっとのばした。
―嫌な奴と思ってたけど、案外素直な男じゃない。
男の素直さは重要だ。どんなに心の中で「好きだ」とか「綺麗だ」と思っていても、きちんと言葉にしてくれないと女には伝わらない。
「わざわざ言うことでもないだろう」なんて言う男は、女心を何も解っていない。かと言って「適当に褒めとけば喜ぶんだろう」と手抜きしてくる男を、女は見抜く。
その点で言うと、竜太は思ったことをきちんと言葉にしてくれるような素直さを持っているように思えたのだ。
テーブルに戻ると、竜太はちょうど会計を済ませてサインをしているところだった。
「ご馳走さまです」
真樹がぺこりと頭を下げると、竜太はカードを受け取りながら「いいえ」と言って、さらに続けた。
「真樹ちゃん、よかったら軽く歩かない?それかバーに行って1杯飲むか。どっちがいい?」
ここを出てすぐ解散という選択肢はないのかと思いながら、真樹は「そうねぇ」と首を傾げた。