“丸の内のプーさん”の名づけ親。「港区出禁」を食らったイケメン
「いやー、ないだろ。“肉の写真を撮りまくる女”。どう考えても、ないわ。ボク、ほんと無理」
「江森、おまえって、本当に神経質だよなぁ。いいじゃん、別に料理の写真撮るくらい。あの子可愛かったし、いい子そうだったよ」
古い友人である春彦は、色素の薄い猫目でチラと江森を見やり、『西麻布 五行』の焦がし味噌ラーメンをすすった。
肉ばかり撮影している姿にドン引きしたため、食事後、亜美のことは早々にタクシーに押し込んでしまった。しかしまだ飲み足りなかった江森は、悪友の春彦を呼び出したのだ。
「いや、ただの料理なら別にいいんだよ。ボクだってさ、“シャトーブリアンのけんしろう焼き”のフォトジェニックさは理解してるよ。あれをInstagramのストーリーズにアップしたい20代の女心は分かる」
「でもさ、真っ赤な肉ばっかり撮るのはおかしいだろ。そんなの撮ってスマホにコレクションしてる女、ちょっと恐ろしくないか?」
「......」
春彦は何も答えず、冷めた目を向ける。
そのクールな眼差し、梅雨の湿気にもラーメンの熱気にも全くなびかぬ涼し気な表情は、男の自分ですらたまにドキっとしてしまう。よって、女であればイチコロであろう。
同じく丸の内勤務の商社マンである春彦は、とにかくイケメンである。
オマケに帰国子女特有のスマートな立ち振る舞い、周囲の目を適度に気にしないマイペースさも加わるから、モテモテだ。
しかし来る者拒まず、知り合いと関係のある女たちにも見境なく手を出すため、同性に敵を作りやすいのが唯一の欠点だった。「モテ」をうまく隠すこともできない男なのだ。
20代前半の頃など、慶應幼稚舎出身のプライドの高い社内の先輩の彼女を奪ったとかで、「港区出禁」というしょうもない罰を食らい、活動の場を奪われたこともある。
(その男が一体港区にどんな権限を持っていたのかは不明である)
だが、そんな男の恨みや嫉妬を物ともせず平然とした態度を貫く春彦を、江森は単純に尊敬していた。
「そういうお前は、肉が大好きなのにな。変な奴。“丸の内のプーさん”が、こんなに神経質で気難しいなんて、普通の女は見抜けないよな」
口元をナプキンで拭い、春彦は不敵な笑みを浮かべる。
―こいつ、ラーメンすら絵になるぜ。カッコイイ......。
そんな悪友を、江森はやはり嫌いでないと思う。
そして、自分に“丸の内のプーさん”という素晴らしいあだ名を付けてくれたのも、この春彦だった。
この記事へのコメント
後味悪い話や登場人物は全くなく、毎回クスッと笑えて、ただ、ひたすらプーさんを応援してました。