赤坂の夜は更けて Vol.10

重い、寒い、暑い…。3文字だけで会話するわがままな女と、律儀に答える男

夜更けの赤坂で、男はいつも考える。

大切なものができると、なぜこんなに怖くなるのだろう。

僕はいつも同じところで立ち止まり、苦しみ、前を向こうとして、またつまずく。

41歳、テレビ局のプロデューサーである井上は、ひとりの女と出会う。

彼女の名前はハナ、29歳。ひと回りも年下の女だった。

ハナの友だち・葵に、ハナには一緒に住んでいる彼氏がいると知らされた井上。井上の反応は?


「ハナには、一緒に住んでいる彼氏がいますから」

『バー ティアレ』で、ハナの友人・葵が突然発した言葉は、井上にとって正直想定外だった。

想定外、というよりも不意を突かれた感じだろうか。しかし井上は、咄嗟にこう返した。

「知ってるよ」

井上の動揺は悟られなかったはずだし、“知ってるよ”という言葉に、1ミリの乱れもなかったはずだ。

「さぁ、帰ろうか」

化粧室から帰って来たハナにだって、いつも通りにこやかに接した。

その後2人と別れた井上は、会社に戻った。途中まで作っていた企画書を、仕上げてしまおうと思ったのだ。

仕事をし始めると、気づけばいつもの3倍速くらいでパソコンのキーを叩いていた。

プライベートで考えたくないことがあるとき、仕事は一段とはかどる。井上はそうやって30代を駆け抜け、今の地位を築いてきたのだ。

企画書を8割方仕上げて一息ついたとき、スマートフォンにメッセージが届いていた。井上が懇意にしているベテランの構成作家からだ。今企画している新番組にオファーしようと思っていた男だった。


―大変申し訳ないのですが、明日急用が入ってしまいました。


明日打ち合わせがてら飯でも、と誘っていたが流れてしまった。悪いことは、重なるものだ。

そのメッセージをきっかけに集中力が途絶え、井上は会社を出た。

赤坂の夜はもう、更けきっていた。

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