ひとりのお医者さんに出会えれば、あとは芋づる式。
―いつから、お医者さん以外とのお食事会、楽しみじゃなくなったんだろう。
かすみは、偏った考えに染まってしまった自分の価値観にやや罪悪感を覚え、小さなため息をつく。
社会人になりたての頃こそ、広告代理店勤務の男や商社マンとのお食事会に、目を輝かせて参加していた。
その中で生まれた恋も、いくつかあった。清楚で可憐な雰囲気を醸しているからか、 “内助の功”タイプの女性を欲する彼らに、かすみは人気が高かった。
しかし、里帆の影響でドクターラバー精神が骨の髄まで染みこんでゆくにつれて、かすみも医者以外の男性には徐々に興味を持てなくなってしまった。
ドクターラバーにとって、「医者」は他とは一線を画す、ある種別格の存在なのだ。
頭のいいごく一握りの人間だけがなれる、国家資格の職種。高水準の年収と、それを一生キープできる安定性。
これらの要素を併せ持つ職業は他にはなく、総合的にトップに君臨するのが医者、というのがドクターラバーの持論だ。
ゆえに、外資証券会社勤務の男などはいくら年収が高くても、かすみたちにとっては一生涯の安定性という点で、医者より格下となってしまう。
そして何より…「医者」という、甘い響き。
「彼氏は、何をしている人なの?」
「医者なの」
こう答えたとき、聞いてきた相手の目の色は、とたんに変わる。
男性なら、そんな男には勝てない、という失望の色。
女性なら、女として負けた、という嫉妬と羨望の色。
そんな風に自分の評価が上がる瞬間が、ドクターラバーには甘い蜜を味わうように、やみつきとなってしまう。
こうしてドクターラバーとして婚活を続けるかすみだが、幸いなことに、出会いにはさほど困っていない。里帆が、継続的にお食事会を設定してくれるからだ。
里帆曰く、「ひとりのお医者さんに出会えれば、あとは芋づる式」らしい。
医者という職種はとても専門性が高いため、学生時代から職場まで、周囲の人間関係はほとんど医者仲間で構成されがちになるという。
つまり、ひとりの医者にお食事会の幹事を頼むと、言わずとも医者を連れてきてくれる確率が高く、そこからどんどん医者の知り合いを増やしていけるというわけだ。
こうして里帆が学生時代から東京で培ってきた医者人脈の恩恵に、かすみもあずかっている。
里帆から、追加のメッセージだろうか?
ヴー、というバイブ音で我に返り、かすみはスマホを見る。
―来週は、2on2よ。将来有望な内科医らしいから、期待!
かすみはすぐに「OK」と返し、花が咲いたような笑顔をひそやかに浮かべながら、そっとスマホを閉じた。
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