東京マザー Vol.1

東京マザー:時短勤務は戦力外?!育休あけの女性がぶつかる、よけいな気遣いと圧力

佳乃が勤めるのは、市ヶ谷にあるレコード会社。7年前、現在34歳の佳乃が27歳だった時に転職して入った会社で、現在はコンサート関連のグッズを制作する部署に所属している。

今の会社で夫・紀之と出会い、社内恋愛を経て結婚した。紀之は現在、同じビルの違うフロアにある営業部にいる。

社内恋愛も、育休も時短勤務も、そう珍しいことではない。

ただ、時短勤務については色んな人から話を聞いていた。だから余計に佳乃は不安になるのだ。

時短勤務をしていた人、時短勤務の人と同じ部署にいた人、双方から聞くのはどれも、えげつない愚痴が多かった。

だから、自分がその立場になってしまったことに、不安を感じずにはいられなかった。さらに、佳乃が復職する部署では、ゆり子が待ち構えているのだ。

―どんな意地悪をされるかわからない……。

大げさでなく、佳乃は真剣に対策を考えねばと思っていた。


「おはようございます!」

人事部に寄って書類をいくつか提出したあと自分のデスクに行くと、佳乃は元気に挨拶した。

「あ、佳乃さん待ってましたー」
「お子さん産んでも、相変わらずお綺麗ですね~」

フレックスタイムが導入されているため、出社しているメンバーはまだ少なかったが、皆笑顔で佳乃を迎え入れてくれた。

後輩たちのお世辞にも丁寧に礼を述べ、自分のデスクへ荷物をおろす。気持ちを引き締めるため、復職に合わせて買ったセリーヌのラゲージ ファントムだ。

バッグの端からは、保育園には預けられない、あかりのお気に入りのタオルが見えて少しだけ心が和む。

約1年ぶりの自分のデスク。誰かが綺麗に拭いてくれたのだろう、デスクにもパソコンにもホコリもなくとても綺麗だ。

「佳乃さん。あかりちゃん、でしたっけ?保育園大丈夫でした?」

パソコンの電源を入れていると、後輩の希に声を掛けられた。入社当時から佳乃が可愛がっている後輩だ。

「大丈夫じゃないわ。ならし保育をしてたとはいえ、やっぱり泣いちゃうよね。でも私、ほかのお母さんみたいに後ろ髪を引かれるような思いも、一緒に泣いちゃったりもしないのよね」

「あはは、さすが佳乃さん」

すらりと長い手足を持つ希は、まだ4月下旬だというのにすでにノースリーブのワンピースを着ている。

「何かあれば言ってくださいね。近いうちにぜひ、ランチにも行きたいです」

そう言ってカツカツとヒールをならしながら、ふわりと甘い匂いだけを残して去った。

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