やっぱり結婚って、したほうがいい?29歳の迷い
「私あんまり、結婚願望がないんです」
樹里の口から飛び出した意外な言葉に、小雪は驚いて尋ねた。
「そうなの?樹里ちゃんはどうして結婚したくないの?」
すると樹里はそれまでのおどおどした態度から一変し、急に語気を強めた。
「だって、四六時中他人と生活を共にするなんて、苦痛以外のなにものでもないじゃないですか」
樹里は18歳で静岡から上京したため、一人暮らし歴は11年に及ぶ。自分のペースで生きるのが当たり前になり、生活リズムや空間を誰にも侵害されたくないという思いは、年々強くなっていた。
彼がたった一晩泊まりに来るときも、その瞬間は楽しいのだが、翌日になるとどっと疲れが押し寄せる。シングルベッドで窮屈に眠ることにも限界だ。
最近では、彼から「今から家、行っていい?」と突然の連絡が来たときに、とっさの居留守を使ったこともある。合鍵を渡すなんてもってのほかだ。
「昔、同棲したことはあるんですけどね。あれはルームシェアに毛がはえたようなもので、割と自由だったし。でもこれがもし結婚だったら…全て他人に縛られた人生になるかと思うと、ぞっとします」
樹里はそう言って、大げさに身震いをしてみせた。
しかし口ではそう言いながらも、30を目前にし、樹里は迷いと戦っていた。婚活に必死になる友人たちを見ていると、自分もやはり結婚したほうがいいのでは、と流されそうになる。
そんな矢先に最近また増えてきた、友人の結婚式。友達の幸せそうなドレス姿を見ていると、やっぱり少しは羨ましくて胸がちくりと痛む。
結婚相手として申し分ない彼。そんな彼にプロポーズされるかもしれない今が、結婚するならまさにベストタイミングだとも思う。
それはわかっているのに、この自由で気ままな暮らしを手放すかと思うと、やはり踏み切れない。
「もし来月プロポーズされたら、私どうしたらいいんでしょう。結婚を決意できないなら、別れるしかないですよね…」
すると、それまで食事に夢中になっていたトムが手を止めて尋ねた。
「樹里さん、どうして結婚するか別れるかの2択しかないんですか?結婚しなくても、一緒に居ればいいじゃないですか」
まるで、結婚は義務だと言わんばかりの東京の風潮に、トムは日頃からうんざりしていた。
トムの生まれ育ったフランスでは「結婚」という制度を選択しないカップルが存在する。フランスには「PACS(パックス)」という制度があり、婚姻関係を結ばずとも、夫婦としての権利を法律上得ることができる。
多くのフランス人は人並みの結婚願望を抱いているが、離婚率が高いという現実を前にして、結婚にこだわらないカップルも多い。フランスの離婚手続きが非常に面倒だという事情も絡んでいる。
さらには、結婚・PACSのどちらも選ばずに同棲関係だけで子育てするカップルすらいる。結婚するかしないかを選ぶのは完全に個人の自由。30を過ぎても40を過ぎても、日本のように、未婚の女は惨めだという発想は一切存在しない(逆に、何歳であっても長い間恋人がいないことのほうが惨めだと思われる)。
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