腕にまかれたカルティエを見遣ると、もう21時を回っていた。オフィスを出た裕美は、赤羽橋交差点から東京タワーに背を向け大通りを歩く。肩を並べて歩くのは、入社以来憧れている上司、藤田である。
今日は仕事上の自分の担当に大きなミスがあり、謝罪の電話や報告書の作成がひと段落し、ぐったりとPCの画面を睨んでいると、「何かうまいものでも食いに行くか?」と藤田から食事に誘われたのだ。驚きで息が詰まるほど嬉しい反面、なにもこんな日に…と複雑な思いだった。
すらりとした長身にトレンチコートを纏った藤田が立ち止まった足下に、店の名が書かれた行灯が控えめに灯っている。彼に続いて階段を下ると、上品な割烹を思わせる、生成りの暖簾のかかる入り口が見えた。
店の名は『三田ばさら』。これまでのすき焼きの常識を覆す「トマトすき焼き」を打ち出し、3年連......
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