「あんたさ、十分頑張ってるんだから、とげとげした鎧で身を固めてまわりを威嚇するよりも、自分のやってきたことを褒めた方がいいんじゃないの?」
「え、もしかして、励ましてくれてるの?」
「違うよ、思ったこと言ってるだけ。ちょっとずれるかもしれないけど、キラキラ輝いているような女性が放つ独特の空気ってあるじゃん?あれって不思議なもんで、まわりの人もなんだか幸せな気持ちにするんだよな。それに近いものが、今のあんたからは出てる気がして……ふと思っただけだよ」
急に何を言うのかと思い美奈が訝しむと、司は付け加えるように「いや、気のせいかな」と言って、リビングをあとにした。
美奈「悔しいけど、励まされたのは事実」
―あんなに嫌いだと思っていた相手の言葉に、救われるなんて。
司はただの失礼な男だと思っていたが、それは裏を返せば素直で誰よりも誠実な証なのかもしれない。だから余計に彼の言葉に喜ぶ自分がいる。
―私は、もっと自分を認めてもいいのかな。
仕事では勝てない先輩たちを“雰囲気美人”と見下す。
そのくせ、先輩たちのようになりたい気持ちもあって、ポンポンとシャンパンを開ける女になれば良いのかと、半分冗談、半分本気で考えた。
でもまずは、憧れの仕事に転職したこと、環境を変えようとシェアハウスに移り住んだこと、自分なりに頑張って手に入れてきたものを誇りに思わなければ、いつまでも心は満たされないのだ。
不本意ながら司の言葉に、心がふわりと軽くなり、背中を押された。
それ以来、ないものばかり探すのをやめた。今までは敵対心を燃やしていた先輩たちを、素直に頼ることにして、シェアハウスでも積極的に声をかけて、コミュニケーションをとるよう心がけた。
すると不思議なもので、物事が良い方向へと回り始めた。今まではどんなに頑張って漕いでも進まなかった自転車が、脚を動かせば動かした分だけ前に進むような、そんな感覚。
そんな毎日の中で、『マシェリ』の香りを嗅ぐ度に、司の言葉が脳裏に蘇った。
「まわりの人も幸せにするような、そんな匂い」
リビングでぶつかった時に司が言った言葉。
―もしかして、このボディソープの香りを嗅いで、あんなこと言ったのかな。
密かにそう思っては、くすりと笑った。そして、大切なことも思い出した。
―そうだ、そういう女性になりたいんだった。
美奈が憧れる“キラキラ輝く女性”は、まわりの人たちまでをも輝かせられる女性だ。
港区界隈の派手な交友関係を見せびらかすような女性ではなく、相手に弱みを見せることを負けだと思うような、鎧で身を固めた女性でもない。
芯があり、溌剌として、しなやかで、このボディソープのような甘く心地良い香りが似合う女性だ。
自分のなりたい女性像をしっかり思いだすと、美奈の中にあった余計な迷いは消え去った。