「お前がいなくなったら寂しい」はダメ男の常套句?
「新しい家には、もう来ないで」
同じ会社の祐也へそう送った後、別れ話は平行線のまま。
祐也は女好きで、彼の度重なる浮気に何度も泣かされてきた。「別れよう」と思いながらもずっと踏ん切りがつかなかったが、この引っ越しを機に関係を清算するつもりだ。しかし祐也はあの手この手で、まだ結衣をつなぎとめようとする。
「結衣がいなくなったら、俺寂しいよ」
頼りにされたら「ダメ」と言えない結衣の性格をよく分かっているのだろう。でも、今回は決めていた。新しい部屋に、祐也の気配を漂わせたくない。
女が髪を切るのは別れた後ではなく、“別れる直前”という心理
祐也との決別を心に決め、3ヶ月ぶりに美容院へ行くことにした。髪を切りに行くのは、いつも男と別れた後ではなく別れる直前だ。気持ちをしゃんとさせる、儀式みたいなものだと思う。
美容室は表参道と明治神宮前のちょうど中間地点くらいにある、10階建てのビルの7階。アパレル会社のPRという職業柄、洋服への投資は惜しまないが髪のケアは後回しにしがちだった。
今日はカットとカラーリングもしてもらう予定だ。背中まであるロングヘアを5センチほど切り、いつものアッシュカラーにラベンダーを少し入れ、色を落ち着かせることにした。
美容院に行った後は、気分もぐっと上がる。帰り道、電車の窓やお店のガラス窓に何度も自分を写しながら、無駄に微笑んだりしてしまう。
特に買う物もないのに近くのドラッグストアに寄り、新製品をチェックするのも通例だ。ドラッグストアをぐるっと1周し、ふと目についたのが、『BOTANIST』というシャンプーだった。
シャンプーはいつも“これ!”といったものが見つからず、色んな製品を試してしまう。そのパッケージの可愛さに惹かれ、思わずかごに入れた。弱酸性の石鹸成分で作られているというのも気に入った。
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家に帰り、前の家から持ってきた観葉植物とともに新しいシャンプーの写真を撮った。その写真はなかなかいい出来で、久々にインスタにでも投稿しようとアプリを開く。
ハッシュタグで、目黒に引っ越したことを少しだけ匂わせる。結衣のインスタは鍵付きで、直接会ったことがある友人しかフォロワーにいない。仲の良い友だちへの近況報告のようなものだ。