―年収が、上がらない。
薄々と気付いていた、サラリーマンの年収の限界。
大手広告代理店勤務の貴一(32)が改めてそれを実感したのは、入社10年目、源泉徴収票を改めて見返した時だった。
今のところ、俺の年収は緩やかな上昇曲線を描いている。
だが、さらに上を目指すならば、出世競争という名の熾烈な我慢比べゲームに参加するしかない。
…俺の人生は、こうやって終わっていくのだろうか?
貴一の転職活動は、こうして幕を開けた。
入社10年目。気の置けない同期に言われた一言
「今年の目標は転職!」
中目黒の高架下にできたおでん屋『鶏だしおでん さもん』で、同期の今日子と新年会をしていた。
入社10年目で2人とも営業職、そして中目黒在住。仕事もプライベートも何かと共通点が多い。同期と言うより、気の置けない女友だちのような関係だ。
「今後この業界だってどうなるか分からないしさ、もう一生同じ会社に勤めるっていう時代でもないよな。」
したり顔で言うと、今日子は生ビールのジョッキを置き、何か言いたそうな様子でこちらを見た。10年来の付き合いで、何でも言い合える仲だ。しかし、彼女が次に発した一言は、強烈だった。
「ねぇ、貴一。それ毎年この時期に必ず言ってない?『転職する』ってずっと言って結局しない人って、“転職するする詐欺師”って言うらしいよ。」
彼女の口撃は、これでは終わらなかった。
「毎年そう言った後に、TOEIC受けたり転職サイトに登録したりしてるけど、いつも長続きしないよね。」
「うっ…。」
おでんの具で一番好きな卵が、喉につかえてむせそうになった。
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