大きな肉を飲み込み、やっと口を開いたのは渡部。この中で唯一の既婚者で一人娘を溺愛している。面倒見もよく、部下からの信頼も厚い男だ。
「ユイちゃんは、そこらの港区女子とは一線を画す正統派港区女子だよ。上品で、すましているとクールに見えるが意外と無邪気に笑う。そのギャップがまたいい。まあ、まだ1回しか話したことはないんだけどな」
小倉が得意気に言うと3人から「なんだ、1回だけかよ」と、口々に言われた。
「そろそろ俺たちも、結婚を真剣に考えないとな」
辻の言葉に、小倉と高田が深く頷いた。唯一の既婚者、渡部だけが「まだやめとけ」と顔をしかめて言うのだった。
未婚の3人は、ハイスペックな女たちを次々落とし、モテを存分に満喫している。だが、今でこそ東京の極上女たちとの、めくるめく夜を渡り歩く彼らだが、もちろん苦い経験も経ている。
小倉は、あと一歩という所まで口説き落とした女性を、外銀マンにさらりと奪われた時は東京の恋愛市場の偏った考えを呪った。胸の内で「俺は外銀の内定を蹴った男だぞ」と毒づいたものだ。
女性からの職業選別でふるい落とされるのは、一流マーケターとして納得がいかないが、それでもかなりの勝率を保っている。それは彼らが“ある経験”をしたからこそ得られた、とびきりのリターンだった。
それは、小倉がまだ社会人1年目だった頃。お食事会で知り合い、デートを重ねていたカリンをついに自宅へ誘った夜に起こった。
小倉が勝利を確信した夜、まさかの悲劇に襲われる・・・?
カリンは大きな瞳を持つ、無邪気な小悪魔系美女。2度のデートを重ね、3度目でついに自宅へ誘ったのだ。金曜日の23時、熱い一夜を過ごす絶好のタイミングだ。
「じゃあ、行こうか」
レストランを出ながらさりげなく、彼女の右手を握った。彼女の小さくて柔らかい手は、小倉の手をぎゅっと握り返してきた上、カリンの方から軽く指を絡ませきた。そこで小倉は有頂天に。
多くの人で賑わう金曜夜の外苑東通りでタクシーをつかまえ、麻布十番の自宅へまっしぐら。タクシーの中でも二人の手は絡まったままだ。
マンション下までタクシーで乗り付け、はやる気持ちを抑えながら自宅のカギを取りだし部屋に入った。
「軽く飲みなおす?」
小倉が聞くと彼女はこくりと頷いた。テーブルにワイングラスを2つ並べて、これを飲みきる前には……と期待を膨らませながらワインを注いだのだった。
予想通り、乾杯してワインを2~3度口に運ぶと、その時が来た。そしていよいよベッドへ、というタイミングで、それまでとろりと溶けそうな目をしていた彼女が、急に厳しい顔になった。