
上質な傘を持つ男が放つ、ビニール傘男にはない残り香
雨と共に思い出す甘酸っぱい記憶
「雨、まだ止んでなかったね」
雨が降る夜空を見上げながら、ふと笑った克典さんの笑顔が今でも忘れられません。そして克典さんが傘を開いた瞬間に、全てが止まったような錯覚に陥りました。雨の音も周りの音も聞こえなくなり、世界に二人しかいないような感覚。
—濃紺で、気品が溢れる傘—
ドキリとしました。今までに見てきたような傘とは全く違う、上品で色気が溢れる傘。
「聖子ちゃん、濡れちゃうから傘に入りなよ」
そう言ってさりげなく克典さんが自分の傘に入れてくれた時、今までにない大人の魅力に眩暈がしそうになったことを、昨日のことのように覚えています。
何も分からない克典の過去と現在
2回目のデートは、元麻布にある料亭のようなお店でした。
「聖子ちゃんって、お箸の持ち方上手だね。最近、箸を上手に持てる女の子が少ないから。ちゃんとした親御さんに育てられた証だね」
「昔から親が厳しくて...そんな所を褒めてもらえるなんて思ってもいませんでした」
「そう?大事なポイントだと思うけどな。ご飯を美味しく食べる人、ご飯を綺麗に食べる人。そういう女性はすごく魅力的だよ。」
その日以来、食べ方に更に気を使うようになったのは言うまでもありません。毎回会う度にどこか褒めてくれて、優しく微笑む克典さんに、会う度に虜になっていきました。
「克典さんって今までどんな女性と付き合ってきたんですか?」
「んーそうだなぁ。過去は過去だから、ね。」
「何かあったんですか?忘れられない人がいるとか?」
「ふふ、聖子ちゃんって面白いよね。昔のことを振り返っても仕方ないよ」
毎回こんな感じではぐらされていました。今思えば、あの時克典さんは凄く寂しそうな目をしていて。何かあったのかもしれませんね。でも、何も聞けなくて。
でも、気がついたんです。
半年間何度か会っていたのに、結局、最後まで克典さんの住んでいる場所も過去のことも、何も私は知らなかったことを。
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