拓哉がコンゴを辞退したことは、僕が受諾した後に上司から聞きました。やつが辞退したことを後悔するくらい、現地で一旗あげて帰ってきてやろうって決めたんです。
根暗ですか?いえいえ、人生ってそういうものだと思いますよ。
ただの出世じゃ、物足りなく思えた
実は、家でテレビを見ている時にたまたま目にしたCMで、これだと思うことがあったんです。聞き覚えのあるメロディと一緒に“最高峰”という言葉が耳に入った。『ヱビス マイスター』のCMだったんですが、その”最高峰”という言葉が、妙に引っ掛かったんです。
―俺にとっての最高峰って、なんだろう……?
そんなことを考えるようになっちゃって。
僕の答えは、「出世競争に勝って役員になること」でした。サラリーマンの僕にとっての“最高峰”といえば、それに尽きませんか?
もちろん入社当時、拓哉のようにイケイケな慶応大学生の同期たちと交わる中でも思っていましたよ。「こんな奴らには負けないぞ」って。
早稲田の鉄道研究会みたいな地道な世界にずっと身をおいていた僕が、上辺だけのやつらに実力の差を決定的に認めさせるんだって。
でも、当時は役員までは考えていなかった。だって200人の優秀な人間が、毎年毎年入ってくるんですよ。対して役員の椅子なんて、そうそう空くものじゃない。
出世を意識してないサラリーマンなんて、いませんよね?
入社当初から役員の座を目指す奴って、どれくらいいるんでしょうか。大体、最初からそこを目指すような奴ほど「俺には合わなかった」なんて言って早々に辞めていく場合も多いんですよね。あ、これ皮肉とかじゃないですからね。
でも30過ぎても「人生において出世なんて無価値だ」みたいな、上から発言をするやつがいますが、それはちょっとカッコつけすぎだと思いますね。いい年してそんな事を堂々と言ってると、頑張りきれないやつの負け犬の遠吠えのようにすら聞こえますよ、僕には。
実業家や開業医みたいな職業ならともかく、サラリーマンで出世を意識していない人なんて、そもそもいるんでしょうか。大企業の役員とは言わなくても、それなりのポストは目指すものですよね。
だから僕は、“最高峰”を意識するようになってからは、こう思うようになったんです。
「出世のために必要な努力なら、どんなことでもしよう」
スイッチが切り替わったように、ただの出世じゃない“最高峰”を目指すようになりました。
そうそう、コンゴ赴任をきっかけに、結婚もしたんです。結婚相手の加奈とは、大学時代の同期の紹介で知り合いました。