“女ひとり取るために戦してもいいじゃない。それで夢が買えるならお安いものだと思うでしょう。”
昭和の歌姫・山本リンダは「この世は私のためにある」と高らかに謳い上げた。
花金で浮かれた男女と、酒臭い赤ら顔のサラリーマンでひしめく山手線のシートに座り込み、3万円もするBOSEのヘッドホンから響くフレーズに、赤池直樹は、思わず深く頷いた。
神がくれた美貌を無駄にしては罪になるとばかりに、煌びやかなファッションで飾り立て男たちを誘惑してくる若く美しい女性たち
彼女たちの、高飛車で、傲慢で・・・それでいて抗えないあの魅力は何なんだ!
赤池直樹が大きいため息をつくと、目の前にいた女子大生のグループが、気持ち悪そうに訝しげな視線を送った。
33歳・結婚できない男に、突如としてモテキ到来!
赤池直樹33歳。
新宿生まれ。
職業公認会計士。
年収900万円。
趣味は魚釣りと妄想。
結婚願望は・・・今まさに頂点!
「人生には3回モテキがある」という噂。女性が「いつか王子様が」というシンデレラストーリーをそこはかとなく信じているように、世の男たちはこの「モテキ」を、祈りにも似た気持ちで切望しているのだ。
昔から女性にもモテず、未だ独身の僕。
学生時代、学年のマドンナに密かに恋心を寄せるも、放課後、自転車置き場でサッカー部1のモテ男とのキス現場を目撃したトラウマから、なかなかに恋に臆病になってしまったが・・・・
もっさりとした髪をバッサリと切りそろえてから「モテキの主人公に似てる。」とぽつりぽつりと言われ始めて、気づけば、僕の携帯電話は、3人の女たちで埋め尽くされている・・・
遅れてやってきた青春!
突如として到来したモテキ!
キュートでダイナマイトなハニー&ワイフを・・・この手に掴んでみせる!
この頃はやりの女の子。お尻の小さなヨガインストラクター。
「直樹さん、もっと腰回りのバランスを意識して!」
ヨガインストラクターの那奈(28歳)と出会ったのは、半年前。運動不足解消と、合コンの席での女の子ウケの下心で始めたヨガの初心者クラスだった。
紅一点ならぬ、白一点。男は僕だけの場違いさに、来てしまったことを早くも後悔していたとき、優しくフォローしてくれたのが、インストラクターの那奈だ。
体型維持のため毎日ジムや、ヨガのトレーニングを行っている那奈は、スタイル抜群で、目のやり場に困るほどで、小さな形のいいお尻にフィットしたスパッツ(みたいなウエアは何というのだろうか?)を履いて、先生の名に恥じない完璧なスタイルを維持している。
ダイナミックなポーズを決める那奈の艶かしさにドキドキするなという方がナンセンスだ。ヨガ初体験の僕は、クラスの一番後ろで、猫のポーズとやらを見よう見まねで悪戦苦闘。
屁っ放り腰になっていたところを、優しく腰に触れてきた那奈に、33歳の純情はドキュンと撃ち抜かれた。
レッスン後に、思い切って声をかけた僕に、那奈は、びっくりした後周囲の目を気にして、声のトーンをぐっと押さえた。
「何かあれば、こちらに連絡ください。」
そうして渡された名刺には、可愛らしい那奈のイラストと共に、携帯の番号が書かれていた。