文具の品格 Vol.8

文具の品格:大人のたしなみ、ご祝儀袋をマスターせよ!

前回までのあらすじ

“ホンモノ”の都会のオトコへの第一歩を踏み出すため、「ブルーアワー」という高級万年筆(17万6000円) を一括払いで購入したデキ男営業マン・森裕哉(もり ひろや)。

出会いを求めて青山で評判の「美文字」レッスンを体験するが、アラサー婚活女子・松田晴子の策略にまんまとひっかかってしまい――。

第7話:文具の品格:誰でも3分で美文字になれる美文字テク!

土曜の昼下がり。青山の「美文字」レッスンで会った晴子と裕哉は帰りしなにお茶でもしようということで歩いていた。

山手線沿いに住む晴子に気を使ってか、裕哉が選んだ店は『ユナイテッドアローズ原宿メンズ本館』向かいにある『UA BAR』というバーであった。原宿という街の場所柄からは想像もつかなかった、洗練され落ち着いた雰囲気の店である。裕哉の気づかいと店選びのセンスに、合格点、と晴子は思う。

「すごーい! 森さん、いいお店をご存知なんですね。ランチタイムも過ぎた時間帯だと、どんなお店に入ればいいかわからなかったので」

晴子は大げさに裕哉を褒める。裕哉は「知人に教えてもらっただけです。」と謙遜しつつも、まんざらでもない様子であった。

2人はカウンターで肩を並べて座り、それぞれカクテルを注文する。注文品を選ぶときに、メニュー表を自分に向けてくれたのもポイントが高いと思った。

高級万年筆のペン先に刻まれた、秘密の暗号

裕哉は教室を出てからこの店に来るまでの数十分間、晴子ととりとめもない会話をぽつりぽつりと交わした。話題はお互いの仕事や家族のこと、住んでいる場所、高級万年筆のことなど、当たり障りのないものばかりであった。

バーに入って酒が入ると、会話が弾み、心から楽しめるようになった。さほど興味のない女性には、ここまで緊張せずに接することができるものなのかと裕哉は大いに驚く。


中でも「プラチナ万年筆」という国内メーカーの「プラチナ・プラチナ」という万年筆の話をしたときは大いに面白がってくれた。通常万年筆のペン先は金、合金、スチールなどでできている。価格帯の高い万年筆のペン先に「○○○K」などと書かれていることがあるが、あれは金の含有率(24分率)を表す。「14K 585」と書かれている場合、ペン先の金の含有率が、14÷24で約58.5%であることを示すのである。

そして1967年、世界で初めてプラチナ製のペン先を使った万年筆が発売された。これが「プラチナ万年筆」というメーカーが製造した「プラチナ・プラチナ」という万年筆である。当時の大卒初任給が平均で約2万6000円であるなか、1万円で販売されたというから高額商品であったことがうかがえる。


――といった裕哉の万年筆トークに対し、「教えて、教えて」「それで?」と目を輝かせて聞き入る姿を見ていると、悪い気分はしなかった。晴子は、万年筆に興味はあれども、さほど詳しいわけではないようである。


支払いをすませ店を出ると、外はもうほとんど暗くなりかけている。晴子の方を見ると、「このあとどうする?」という顔をしていたが、ほろ酔いが覚めてきたせいか、初対面の女性とこれ以上一緒にいるのも気が引けると感じた。

何より最後の方で住まいや会社、大学や出身地などのスペックに関する質問を矢継ぎ早にされ、晴子に対し多少の恐怖を感じ始めていた。そして連絡先の交換をせがむ晴子に気の進まないままLINEのIDを教え、駅まで送って別れた。


その数時間後から、晴子からの熱烈なアプローチの連絡が何度も来るようになる。すっかり酔いも覚めた裕哉は、少々うれしい反面、困惑するばかりであった――。

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