文具の品格 Vol.6

文具の品格:知ってた!? 東京の新たな出会いスポットは、美文字教室です!

前回までのあらすじ

“ホンモノ”の都会のオトコへの第一歩を踏み出すため、「ブルーアワー」という高級万年筆(17万6000円) を一括払いで購入したデキ男営業マン・森裕哉(もり ひろや)。

気になっていた美人先輩社員・安浦千佳から誘われ、2人きりの「上司へのプレゼント選び」に行くが、文房具屋を出たあとの店選びで大失敗。「"ホンモノ”の都会の男」への道のりはまだ遠い――。


第5話:文具の品格:知らないと恥ずかしい、試し書きで「永」を書く理由

インクの出にくくなった万年筆を復活させる方法

「いやー、助かった。森くん、ありがとう」


IT系ベンチャー企業の役員・後藤が腕を組み、感慨深そうにうなずく。目の前には、スラスラと試し書きされた様子の1枚のメモ用紙と、1本の万年筆が置かれている。

裕哉は自社の新商品を紹介するため、取引先である後藤の青山にある瀟洒なオフィスへ出向いていた。商談がひと段落したところで世間話をしていたところ、後藤が「愛用のウォーターマンの万年筆のインクが、急に出にくくなってしまった」とこぼしたので、裕哉がひと肌脱いで修復することになったのである。

「……それは、よかったです。この方法、今回みたいな場合もそうですし、しばらく使わなかったせいで全くインクが出なくなったペンを復活させるときにも使えますので、是非」


――後藤のウォーターマンの万年筆を復活させるのは、比較的簡単なことであった。首軸とペン先の部分をコップに入れたぬるま湯にしばらくつける。そのあとは水が透明になるまで、首軸の上部からペン先に流水を通し、布でよく拭く。最後にインクカートリッジを取り付ける。要するに、内部のインクを洗い流せばよいだけのことであった。


「そうか、君はペンのことをなんでも知っているなあ。この万年筆、親父が昔から使っていた遺品なんだ。大切にもっと使うことにするよ」

裕哉はどう反応していいかわからず、黙ってうなずく。

「それにしても、手間をかけて手入れをすると、より愛着がわいてくるものだねえ……。私くらいの歳と立場になると、どんな筆記具を持っているかで人となりを見られることもあるし」

後藤は恍惚の表情を浮かべ、両手に持った自分の万年筆を撫でまわすように見ながら、感嘆の息をもらす。


確かに、ペンは半世紀以上も前から、権威や品位をアピールするビジネスアイテムとして扱われてきた。欧米諸国や日本の大統領や首相達が、国際会議や国際的な調印式で使用するペンは常に注目され、時には重要人物同士の話のネタになる。

例えば1945年の太平洋戦争で、降伏文書に調印するダグラス・マッカーサー元帥はパーカーの万年筆「デュオフォールド」を使用したという記録が残っている。1992年の軍縮会議では、ブッシュ、エリツィン両大統領が「ビッグ・レッド」と呼ばれるパーカーの万年筆を使用して合意文書に署名したことから、ビッグ・レッドは「平和のためのペン」と呼ばれるようになった。

また、アメリカの大統領は、重要な法案に署名をする調印式で、何本もの万年筆を使って署名をするという習慣がある。立法に貢献をした人物や、立法が重要な意味を持つ人物に、使った万年筆を1本ずつプレゼントするためである。


裕哉がそのようなことをぼんやりと考えている間にも、後藤はうきうきした顔で万年筆の試し書きをしていた。帰り際、再度裕哉に礼を言ったあと、「可愛い女の子と食事がしたいとか、何かあったら頼ってくれ」と個人用の携帯番号を教えてくれた。

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