※本記事は、2016年に公開された記事の再掲です。当時の空気感も含めて、お楽しみください。
前回までのあらすじ
結婚後、子どもを持たない生活を選んだ太一と愛子。結婚前と同様に時間とお金を自由に使い、お互いを尊重し干渉しない2人。
太一の浮気相手・葵が突然家に訪れ、愛子は太一の浮気を知らされた。愛子が太一に浮気を問い詰め、2人の関係に危機が訪れる。6年振りに偶然再会した愛子の昔の恋人・寛は葵の上司でもあることがわかり、4人の関係は複雑に絡まっていく…。
東京DINKS第13話:「遅咲きの狂い咲き女」と夫の浮気相手を評する、妻のプライド
寝室にこもった愛子を置いて、太一は葵と会っていた。
目黒川沿いにある『水炊き しみず』の半個室を運良く予約でき、そこへ葵を呼び出したのだ。すでに桜は咲き始め、季節が一つ巡ったことを知らせているようだった。
先に着いた太一がビールを飲みながら待っていると、葵は現れた。いつも以上に、髪もメイクも服装も、すべてに気合が入っているように、太一は感じた。
葵は「お待たせ」とはにかみながら座る。以前ならこの顔を見た途端、食事なんてすっ飛ばして「先ずは2人になれる場所に行こう!」と言いたい気持ちをグッと我慢していたものだ。
だが、さすがの太一も今日はそんな感情は1ミリも顔を出さなかった。
「どうしてうちに来たりしたの。」
前置きもなく、問い詰めるように太一は聞いた。葵は少しびっくりしたような顔になった後、口をきゅっと結んだまま俯いた。太一は葵が口を開くのを待つ。しばしの沈黙の後、葵は顔を上げて口を開いた。
「ごめん。でも、一人で我慢するのが辛くなって。私もいっぱいいっぱいだったの。」
潤んだ瞳で訴える葵だが、太一の心は全く動かされなかった。
「悪いけど、もう会わない。うちにも、2度と、絶対に来ないでくれ」そう告げると、重たい沈黙が2人を飲み込んだ。
「私と一緒にいる方が楽しいって言ってたじゃない。」
涙声で葵が言った。
「楽しいと思った時期もあったけど、でも離婚を考えたことは一度もなかった。これからもない。都合がいいかもしれないけど、葵は解ってくれてると思ってた。」
黙ったままの葵に向かって太一はさらに続けた。
「…ただ、ポップに浮気を楽しみたかっただけなんだよ、俺は。…ごめん。」
この言葉を聞いた葵は、顔をあげて太一を睨みつけ「最低…」と、声にならない声が漏れた。
葵も、最初は遊びのつもりだった。初めの頃は太一から「今夜何してる?」と連絡が来ると、返事を返すのが億劫に感じることもあった。ただ、予定のない日に会い、自分では行けないようなレストランに連れて行ってもらい、プレゼントをたくさんくれるのが嬉しかったし、得した気分になった。
それからいつしか、太一が自分のためにお金を使えば使うほど、自分の価値がどんどん上がっていくように感じた。女としての価値やレベルが、同年代同士で恋愛している友人たちよりも、1歩も2歩も先を行っていると思えた。
男の価値は仕事で決まり、女の価値は男で決まる。
葵はそれを信じていた。だから、太一をきっかけに付き合う男のレベルもぐんぐん上がっていくのだとも信じていた。
だが、いつ頃からか太一との関係が逆転した。太一が家に来る回数が減った。太一からの連絡に葵が返事をする、ということがほとんどだったのに、それが逆になった。
連絡が減ってきたことを最初は気にしていなかった。合コンの誘いも多いから、太一が来ない週末は合コンに精を出した。「どうせまた連絡くるし」と思って葵からも特に連絡はしなかった。
それがいつからか、葵から連絡することがほとんどになり、葵が「会いたい」と言うことが増えた。
「こんなはずじゃなかった」その思いが葵を、焦りと嫉妬へ駆り立てた。
葵は太一の目を見つめて言う。
「ポップとかふざけたこと言ってるけど、私別れないから。どこまでも追いかけるから。」
葵からの宣戦布告に似たこの言葉は、太一の背中を冷やりと凍らせた。
関係を終わらせたい太一と、引き下がらない葵。話は平行線のまま、早々に店を出て2人は別れた。1人になった太一は、家に帰る気にもなれず、駒沢通りを恵比寿方面に向かって歩く。
何度か来たことのある『バー ノアール』に入り、カクテルの中で艶やかに光る氷を、ただ見つめていた。
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