玲子が、アークヒルズ一階の成城石井で買ったツマミを冷蔵庫に入れていると、何かを見つけた。
「アレ?また冷蔵庫に551入ってるよー?」
「あぁ、それか。昨日の出張で関空トランジットだったから、つい買っちゃったんだよ。どうせ食べないんだけど。クセみたいなもんかなぁ。」
「変なのー。もうすっかり東京の人なのにね。」
◆
同日 深夜4:00。
シンゴは玲子を寝かせたまま、別室で仕事の電話をしていた。
「もしもし?シンゴさん。健太郎やけど起きてます?時差あって毎度申し訳ないですが。」
「お疲れ様です。全然大丈夫ですよ。何言ってるんですか、健太郎さんの現地リサーチあってこその商売ですから。いつも助かってます。今や、海外は健太郎さんにがっつりお任せですよ。今日はプノンペンでしたっけ?」
電話の相手の、『黄色いクマさん』こと、小熊系男子の健太郎は今やシンゴの一番のビジネスパートナーだ。
もともと不動産メディアに携わっていた健太郎が同じく独立し、現地で直接不動産情報を仕入れることを強みとするスタイルの、マーケットリサーチサービスを展開している。
「国内の営業まわりの方は、どうですか?」
「順調ですよ。以前からのお客さんの他に、なんせ我々しかアポイントが取れない、強い太客リストがありますから。」
そこには『KKJネットワーク』と書かれた、分厚い書類が置かれていた。
「首都東京と言えど、結局は地方民の寄せ集めだということ…そして、実は一番のマジョリティは日本の人口構成比からいっても明らかに関西人が多いということに我々は気づきましたよね。
そして、彼らは普段は標準語という言葉に身を隠せど、関西弁という強い言語体系でつながっている。まるで世界を牛耳る、華僑かユダヤのようにね。
だからこうして、僕らが作った、財界の有力な関西人だけのネットワークが出来つつある。」
KKJとは、どうやら『関西人』『華僑』『ユダヤ(Judea)』の略称の様だ。
「まいど!の合言葉を元に、東京の関西人を一つに繋げる。そして、東京から世界を回していく。これが僕らのやりたいことですからね。」
「だんじりじゃーい!は?」
「あれはどっちでもええわ(笑)」
◆
東京ビギナーの卒業には、3つの道があるという。
一つは、東京という街に適応し、己の故郷を忘れ、大衆に紛れ込んで行く者。
一つは、東京という街に夢破れ、故郷へと帰っていく者。
そしてもう一つは、東京に馴染んだふりをしつつ、己の故郷を想いながらも、虎視眈々と東京の街そのものを変えて行こうとする者だ。
偶然、銀座という街で出会った同郷の30歳の男二人は、あえて最も困難な3つ目の道を選択し、今なお、東京という街に闘いを挑み続けている。
あなたの周りにいる、スマートな東京スタイルを身に着けた人生の先輩達も、昔は誰しも東京ビギナーズだったはずだ。
そして、そんな彼ら彼女らがこっそり『551』を買っているのを見てしまった時、それは今なお東京という街に抗い、戦い続けている『東京リベンジャーズ』である、証拠なのかもしれない…。
完
東京☆ビギナーズ
大阪から東京に転勤してきた、大手インターネット広告代理店に勤める28歳シンゴの上京話。
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