
文具の品格:「仕事できなそう」との一言を払拭すべく、男が手にしたモノとは?
高級筆記具が見せてくれた、新しい境地
翌日。外出の多い忙しい一日で、件の女子社員たちとはすれ違うこともあまりなかったが、なぜだか商談はいつもよりうまくいった。
特に、とある勉強会で知り合ったIT系ベンチャー企業の役員である後藤が、ウォーターマンというブランドの万年筆を使っていたのは幸いであった。
裕哉はこれまでのような懇切丁寧なセールスを展開するだけでなく、前日に「丸善」で教えてもらっていた豆知識を、自身の経験も交えつつ彼に披露した。
すなわち、創業者ウォーターマンは”現代万年筆の祖”と呼ばれていること。
実は彼も保険会社の営業マンであったこと。大口契約を結ぶサインの直前にペンのインクで契約書を汚してしまい、ライバルに顧客を取られてしまったこと。
その苦い経験から、インク漏れの起きない画期的なペンを次々と開発していったこと。裕哉の仕事での失敗談とその解決策。――などである。
この話を披露したところ話が大いに盛り上がり、2度目のアポではあったが、後藤は好条件の契約を結んでくれた。さらに、よっぽど気に入ってくれたのか、裕哉は来月の週末に飲みに行く約束まで取りつけられた。
優等生・裕哉が抱く「都会コンプレックス」
――裕哉はこの日の帰宅後も、デスクに向かう。そして「ブルーアワー」を愛撫しながら、これまでの人生について回想していた。
裕哉は杉並区で共働きの中流家庭に生まれ育ち、コツコツと勉強を積み重ね、有名進学校を経て現役で一橋大学経済学部に入学した。
「優等生」で通してきた裕哉は、周りの女性たちからは「紳士」や「良物件」や「非の打ちどころがない」などと言われ評判は良かった。
就職してからもブレずに、真面目で誠実な勤務態度で信用を勝ち得、さらなる自信をつけてきた裕哉だ。貯金もコツコツと続け、同年代の中でもかなり上位の額になっているはずである。
しかしながら、ザ・リッツ・カールトン東京の天空ダイニングでのディナーデート、『銀座 久兵衛』での接待など――会社の同期や先輩の話を通して「“ホンモノ”の都会」を垣間見る機会が増えると、事情も変わってくる。
まばゆく華やかな世界を知ってしまったせいで、自分が今まで積み上げてきた世界が、急に地味でくすんだものに見えてきたのである。
東京出身ではあるが、ゆえに東京に対する憧れが無く、探究心が少ない。
同年代の連中が一生懸命に開拓し、徐々に身につけてきた「“ホンモノ”の都会」について、実は何ひとつ知ってこなかったことを痛感させられた裕哉は、東京での生活に急に怖気づいてしまった。
そして自分でも気づかぬうちに、根の深いコンプレックスを抱きはじめていたところだったのである。
何かが始まる、予感。
だが、状況は変わりつつあった。
裕哉は手元の「ブルーアワー」に目をうつす。
角度によってチラチラと違う輝きを見せる幻想的な光は色気があり、美しい。しかもこのペンは使い込むほどに、裕哉自身が書きやすいように変化していく。
裕哉は、まさに自分だけの「小さな都会」を手に入れたのである。これは裕哉の小さな傷だらけの自尊心を、少しずつではあるが癒していた。
自分だけの都会的な高級万年筆・「ブルーアワー」。
そして、IT系ベンチャー企業の役員・後藤から勝ち得た契約。
――これからはきっと、うまく行く。この果てしなく広がる東京砂漠の真ん中で、裕哉は、心に何かひとつの強い武器を手に入れた気がしていた。
・登場した文具
モンブラン マイスターシュテュック ソリテール ブルーアワー ル・グラン 万年筆
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