東京いい街、やれる部屋 Vol.3

東京いい街、やれる部屋:東銀座在住CMプランナーの部屋はやはり...?

大正ロマンに溢れた東銀座の町並み


彼の家は『たて森』から歩いてほど近い場所にある。東銀座駅が最寄り駅だが、築地駅や有楽町線の新富町駅もほど近い。1LDKの40㎡。この辺りの相場だと18万円ほどだろうか。会社にも近く、少し歩けば飲食店街、しかし、夜中に帰る頃には静けさが漂うこのエリアを彼は割と気に入っているようだ。

有楽町で映画を観終わり、銀座のネオン街を横目に東銀座まで歩く時間は、現世のきらめきを抜け出し、過去にタイムスリップするかのような心地。東銀座の街は一見、ビル街に見えるが、鉄板焼きレストランやバーなどを営む古民家があったり、時代を感じさせる建築が多く残っている。

また、かつてはこの一帯に築地川が流れていたため、橋が多く残っている。川は消え、橋の風情は昔とは異なるだろうが、三島由紀夫の短編「橋づくし」に出てくる描写などに思いを馳せる。月影に照らされながら、昭和通りを渡り、かの三吉橋や入船橋はどこにあるのだろうかと想像しながら歩くのもまた愉しい。


「どうぞ。お上がりください。」


タワーマンションの12階。彼の部屋に入る。生活感があるようでないこの部屋に入ってまず驚くのは、どこで手に入るのかというくらい大きく壁一面に広がる本棚。そこには、カート・ヴォネガット・ジュニアなどの小説に始まり、植田正治の写真集、宣伝会議のバックナンバー、現代思想、カリフォルニアに留学していた頃に買い漁っていたというレコードにマーヴェルのコミックスが所狭しと並ぶ。

彼の本棚の中身はそう多くは変わらないけれど、見る度に何か追加されている。もう隙間が無なということは何かしら捨てているということだが、この膨大な量をどんな判断で捨てていっているのかが、少し気になる

疲れがピークな時に欲するのは、彼氏ではなくこの男の甘さ


奈々が本棚を興味深げに見ている間に、光弘はコーヒーを淹れる準備をしながら、「タリアセン2」のライトのスイッチをつける。天然木のウッドブロックに反射し灯るオレンジの光は、夜の雰囲気をより濃密なものにさせる。ウッドブロックが交互に重なり合ったこのランプは部屋にひっそりと佇むことは難しいが、昼はインテリアとして使え、夜になればやわらかな光を灯す。著名な建築家フランク・ロイド・ライトがデザインした有名すぎるライトである。

「こっちにおいで。映画観よう。」

そう言って、彼がテーブルにコーヒーを置き、奈々をソファへ呼ぶ。肩を並べ、ジャン・リュック・ゴダールの映画を観る。映画の主人公に合わせて、どちらからともなく軽くキスをした。

「今日、何かあった?」

奈々の頭を撫でながら、光弘が聞く。ほの暖かいオレンジの光に包まれ、人の温もりに身を預けると、自分の身体が思ったより強張っていて、ここ数か月全く休めていなかったことに気付く。精神的に余裕がなかった。それに尽きるのかもしれない。休養をとることも仕事の一部だとトレーナーの先輩に昔からよく言われていた。大事な月だったのに…。自分が情けなく、涙が出てきた。

そんな彼女の思いを知る由もない光弘はただ黙って、奈々の頭を撫でている。

友達でもなく彼氏でもなく。しかし、身体の関係だけでもないこの男は、会えば毎回都合よく甘やかしてくれる。彼に恋人がいることは知っている。洗面台の二本の歯ブラシや化粧水を隠さない彼の態度に、割り切ってお互い接しようという思いが見て取れる。奈々も光弘に聞かれれば、彼氏がいることは話すつもりだ。

しかし、疲れがピークに来ると、毎週会う彼氏の優しさではなく、光弘の甘さを欲してしまう。たまに会うからこそ。その一回は全力で甘えられる。きちんとしなくてはと思いつつも、大人の男女にはこういう存在が1人はいるのではないか。


今日はこの部屋で全ていやなものを出し切ろう。明日は彼氏に会って、そして、月曜日にもう一度、お客様のところに電話しよう…。

奈々はコーヒーの香りが漂うその部屋で、光弘に体を預け、今ある周りに見える全てのものや雑念などを遮断するようにとすっと目を閉じた。


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