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東京DINKS Vol.11

東京DINKS:女の嫉妬を甘く見ていた男の悲劇が、ついに始まる…!?

「お疲れ様です!」笑顔を作って元気に声をかけると、寛は驚いた顔をした後、すぐにその顔を崩した。どこの駅まで行くのかを互いに聞き合うと、寛は中目黒に向かうと言う。

無難に天気の話をしながら、滑り込んで来た電車に一緒に乗った。並んで吊り革を掴むとすぐ、葵はここぞとばかりに、無邪気を装い聞いてみる。

「実は最近、石黒さんがジャン・ジョルジュ東京から女の人と一緒に出てくるのを見ちゃったんです。彼女ですか?綺麗な方ですね。」

「あぁ、見られてたんだ。参ったな。」寛はそう言って少し笑った後、さらに続けた。

「彼女じゃないよ……今はね。昔付き合ってたけど、今はもう彼女は結婚してるよ。」瞼を伏せてそう言う寛は、その女性に未練があるように葵には見えた。その少し影のある男のような仕草は、葵の心をドキリとさせた。

「そうなんですね。どこかで見たことあるような気がしたんですけど、もしかして取引先の方とかですか?」
ついでに気になっていたことも聞くと「違うよ、全然」とだけ返された。

彼女だと思っていた相手が、そうじゃなかったことになぜか安堵し、葵はさらに探りを入れる。
「元カノに会ってることが今の彼女にばれたら、怒られるんじゃないですか?」
寛の横顔に向かって、得意の上目遣いで聞いた。

「大丈夫。今は、付き合ってる人いないからね。」
寛はそう言って、吊り革を持って身体は窓を向いたまま顔だけ動かし、爽やかな笑顔を向けてきた。その顔に数秒見つめられ、葵の鼓動は少しだけ乱れる。

「石黒さん、フェイスブックされてますよね?会社の人繋がりでたまに『友達かも』に出てくるんです。友達リクエスト出させてもらってもいですか?」

若さの特権、ノリと勢いで今まで言いたかった言葉を葵は口にした。寛が快諾したのをいいことに「じゃあ早速今、出しちゃいます!」と言ってコートのポケットからiPhoneを取り出し、リクエストを完了した。

ちょうどそこで恵比寿に着き「では、よろしくお願いします。お疲れ様でした」そう言って扉へ向かい、スキップするような足取りで、葵は恵比寿駅のホームへ降り立った。

家に着いてフェイスブックを開くと、リクエストは承認されていた。早速寛のページを見るが、ほとんど何も投稿されていない。

—石黒さんらしいけど…つまんないなぁ。何も情報がないじゃんー

そう思いながら、寛のフレンドを見ることにした。ずらずらと並ぶ顔と名前を、上から下に流すように見ていると、一瞬何かが引っかかり、iPhoneを操作する手を止めた。
そこには太一の妻である「田中愛子」がいたのだ。

「ウソ、何で?!」

思わず大きな独り言が出た。名前も顔写真も一緒なのだから同一人物だということは明らかだが、事実を受け入れられないままその名前をタップした。

それはやはり、太一の妻だった。そこで葵の中で引っかかっていた、点が線に繋がった。

—あの日、六本木で石黒さんと一緒にいたのはこの人だ。太一さんの妻で、石黒さんとも昔付き合っていた、それどころか結婚した今も石黒さんと会ってる…?—

自分が好きになろうとする男の後ろに2度も現れた愛子に、葵が押さえ込んでいた嫉妬と怒りはついに破裂した。



次の日の夜、会社を出た葵は太一のマンションへ向かった。住所は、以前太一の免許証を見せてもらった時に、どんなマンションに住んでいるのか、グーグルマップで調べるためにメモしていた。

葵は太一のマンションに着き、エントランスでオートロックのドアの前に立つ。部屋番号を押した数秒後、機械の向こうから「はい?」という女性の声が聞こえた。葵はカメラのレンズを見つめながら、大きく息を吸った後「初めまして」と口を開いた。

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東京DINKS

国内で360万世帯いるといわれる、意識的に子どもを作らない共働きの夫婦、DINKS(=Double Income No Kids)。東京のDINKSの生態を描いていきます。

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