男と女の、すれ違い狂想曲スタート
「素敵なマンションだね~」
梨紗は玄関で靴を脱ぎながら、アロマの香りに気付く。
(いい香り♪ でも、独身なのに玄関の香りにこだわるって、完全に女性慣れしてるな……)
廊下を進むと、予想以上に趣味のいいおしゃれな晃一の部屋に梨紗のテンションは思わず上がった。
「なんだかこだわりの部屋って感じ! 随分キレイにしているね」
(よし!)
ここで気を良くした晃一は、"おうちデートでやってはいけない事 第1位"の、「我が家のアイテム解説」に走ってしまう。
女性にアイテムのスペックを語って男が幸せになるケースは無い。
「去年、ルンバ980って新しいのが出たんだけど、床がフローリングなのか、それともカーペットなのか調べて、吸引力が自動的にアップするんだよ。しかもカメラも付いたからぶつかって方向転換しなくなったうえに、スマートフォンで遠隔操作できて、外から稼働させたりできるんだよ。だから掃除の手間が省けるんだ」
「へぇ~~、すごいね、ルンバ」
(なんでキレイなのかを聞いたワケじゃないんだけど…… ルンバの性能も聞いてないよwww)
「あ、あとね、このスピーカーのバング&オルフセン BeoPlay A2はね、世界初のTrue360を搭載していてね。360 度全方位、同じクオリティの音が聞こえるってことなんだけどね。」
(どうしよう、ごめん、音のクオリティとかわかんないや)
「これさ、俺よくキャンプとかするから、24時間ワイヤレス再生とかめっちゃ使えるんだよ。そうだ、今度一緒にキャンプ行こうよ」
ここで晃一の次なる一手、「キャンプ行こう」が炸裂する。アイテム紹介からの自然な流れだ。お泊りなのになぜかポジティブな雰囲気の溢れる「キャンプ」で、まずは相手のハードル具合を確認するのだ。
「あー、キャンプとかするんだ?すごいね」
しかし梨紗は上手である。行くとも行かずとも言わず、ただ相手の言う事をオウム返しするだけで会話を続ける高等テクニックである。
(まだ構えてるな…)
「そうだ、音楽、何がいい?」
ひるまない晃一は、さらなる一手、「音楽、何がいい?」を仕掛ける。
相手の好きな音楽をうっすらと流して、なんとなく楽しい感を演出するのだ。さらにこれは、この後時計を見ずにアルバムのランニングタイムで時間を確認するというスゴ技でもある。
「なに聞く?俺、ほとんどテレビみないからさ。……あれ、おかしいな。ちょっと待ってね。いつもはすぐ繋がるんだけど……ここを押しておいて…あれ? 梨紗ちゃんのスマホだとどう? 認識してる?」
「え…、うん? ちょ、ちょっとみてみるね……」
(え?私のが繋がっても意味ないんじゃ……。てか、もしや、私のダウンロードリストを覗き見する作戦!?)
形勢逆転させたいところだが……
彼は焦りを隠すようにまずは乾杯のシチュエーションを試みる。
「音楽なくてもいっか! さっきいってた泡でも大丈夫?」
「うん。ありがとう」
彼は手慣れた様子でワイングラスにシャンパンを注ぐ。
と、そこへ「そうだそうだ、最近買ったんだけどね……。」と自宅に備え付けられた最新水素水メーカーが“いかにほかの水素水メーカーと水素濃度が違うか”を語りだす晃一。
「これ、チェイサーでさ。ちょっと、飲んでみなよ。本当に体調よくなってくるよ」
そういって得意満面で水を注ぐ。
「じゃなくてさ、乾杯乾杯、泡飲もうよ」
「あ、ごめんごめん、じゃあ」
「乾杯」
「乾杯!」
ここで両者、ようやくほっと一息ついたよう。
自宅では「動かざること山の如し」が正解
あえての距離の近い乾杯に、のけぞる姿勢の梨紗を確認した晃一は、不利な形勢を感じ取る。
乾杯に持ち込んだなら、あくまでも必要なのは落ち着いた語り。相手のフィールドに足を踏み込んだ女性が求めるのは「安らぎ」。相手の話を聞くスタンスが必要なのだ。
しかしここで晃一は決定的な愚策を犯してしまう。
秘技『自作レシピの“5分で作れるおつまみ3種”』を作ろうと動いたのだ。一度に全てを見せようとする男の悲しい性である。
二人は食事をしたばかりである。
「あ、なにかつまむ? いまから作るよ、パスタとかもあるけど?」
「もうほんと大丈夫、お腹一杯だよ~」
自然と梨紗の目線は腕時計の方へ向けられた。
「明日も早いし、もう少し経ったら行こうかな」
(まあ今日はお預けってとこかな。悪い人じゃないんだけどな…)
「え、まだ大丈夫でしょ?山手線遅くまで動いてるよ?」
「いや、今日地下鉄だから」
女性がJRでも帰れるのに「地下鉄」をやたら強調し始めたら、その日は終了と思った方がいいだろう。